投稿

#1916 東京にある代々木駅前は、道路はそのままに、信号もそのままに、大きく変わるかもしれません、その2。

イメージ
 東京にある代々木駅前の話をしながら、書き切れないあれこれが出てきました。前にも挙げましたが、当時は、いちばん新しかったのかな、新館と呼ばれる(思い込んでいただけかも)代々木ゼミナール(7)が残っていました(前にアップした地図)。というよりも、残されていました、といったほうがいいかな。横にここ専用と思われる駐車場がついていましたから、崩せない理由が何かあり、そして、駅から遠くないこともあって、手放さないんだろうな、ってことも浮かび上がってきそう。ちなみに、Wikipediaで調べてみたところ、08年に本館ビルを新宿方面に立て替えをしたようで、最近は、どうなっていたのかは、よくわかりませんが……。  そういえば、京王線の南平駅にあった寮がありました。あったのですが、この本館が建った頃に閉鎖。まぁ、そもそも、南平って地に寮があることに対して、ちょっと違うんじゃないか、と思ったことがありました。ただ、本館に巻き込んだ投資が行われ、代々木はもちろんですが、新宿に近い(すぎる)こともあり、月額の寮としては18万円(そのほかにも必要)と、そこそこに高い寮となっていますが、それもまた、都会的なゼミナールとしては必要だったんでしょうかね。ま、新宿があまりに近すぎるからなぁ、仕方ないんだろうなぁ、とも思いました。  と、駅前の代ゼミな話をしてきましたが、久しぶりにJR代々木駅で降りたところ、構内には新しい路線との接続はできていたものの、メイン出口、そして、東口との繋がりは、昔のそのまんまでした。自動改札機の並び方がちょっと違うようにも感じましたが、たぶん、そんなことを感じただけなんでしょうね。この代々木駅って、そのうちに大きく改良を受けることでしょう。受けるでしょうけど、あの山手線と総武線の動きまで捉えなければなりませんから、工事はオオゴトになるんでしょうね、きっと。この写真は、メイン出口を捉えたところ。後に見えている大きなビルはNTTドコモの建物です。

#1915 東京にある代々木駅前は、道路はそのままに、信号もそのままに、大きく変わるかもしれません、その1。

イメージ
 先日、東京は代々木駅前を訪れた時に、駅前のスペースが随分とゆったりとしていたってな 話(#1912) をお伝えしました。が、あのスペースは広々としていたというよりは、30年前以上に作られていたスペースはそのままに周囲の建物が崩されており、その大御所だった、代々木ゼミナールが崩されて大きくスペースを提供し、そこに何か巨大な建物が立ちそうな感じがありました。裏にあった「代々木ビレッジ バイ クルック(代々木VILLAGE by kurkku)」ごと開発するんでしょうかね。建物の作り方によっては、また、サイズによっては、ずいぶんとせせこましい街になってしまいそうな予感すらしています。  この上の地図は、代々木駅前となりますが、地図の真ん中少し下にある代々木ゼミナール(1)と書かれたところは現在は写真のように何もなくなっており、その下側に代々木ビレッジ バイ クルック(代々木VILLAGE by kurkku)」があります。で、よくよく観察していくとですね、まず、駅を出たところにあった鈴木薬局(1)がなくなっておりました。それほど幅はありませんでしたが、その左側に代々木ゼミナール本館との通路が作られており、そこに、互いに意地のように土地を守っている感があり、感心していたりもしていました。ただし、その横にあった代々木教会(3)、そして、太田園茶店(5)はしっかりと残されていました。両方とも、ご自分の土地なんでしょうね、それこそ守っていく感が強くあったように思います。ちなみに、当時から変わらない建物のままで残されていた花クリニック(4)は、あいかわらず推薦されたままなのかな、いずれにしても、そのままに残された感が味を作っていました。そうそう、原宿駅前には代々木ゼミナール造形学校がありましたし、ここ代々木には、代々木ゼミナール(7)が以前の建物のままに残されていました。  かつて旧校舎があった代々木ゼミナールは、現在はSAPIX代々木ホール(6)となっておりまして……、と、思って、調べてみると、代々木ゼミナールは関連があるようで、Y-SAPIX、SAPIX中学部と繋がっているようでした。いずれにしても、最近の代々木ゼミナールは当時の群を崩したように見えていましたが、いろいろな業種を巻き込みながらも生きながらえているようです。

#1914 小さなジムニーが送られてきたけど、ボディの色塗りからドライバーまで、作り込んだそうで。

イメージ
知り合いが、我が家へとジムニーを送ってくれました。あらまぁ、来年から乗れるモデルじゃないですか、と感激していましたが、裏話を訊いて行くうちに、ボディは自分で塗っているし、しかも、ルーフやらボンネットの色合いまで自分でペイントしていまして、さらにビックリ。え? これ、できあいスタイルじゃなくって、細かにバラバラにできるモデルだったようで、さらなる裏話を訊いていると、インパネもバラバラで組み付けて、そして、接着して作り上げています。もちろん、そのインパネにはいろいろと細かな色合いが表現されており、これもまたビックリ。そして、ドライバーは、自分に似ているなぁと思いつつ、こういう人がいるのか、なんて思っていたら、これもまたオリジナルだとか。このドライバーは、自分の振り返りポーズを真似ていますが、そんな風景まで細かに作り込んでいますが、もう少し言ってしまうと、手足はざっくりと切り取られて、そして、接着されて、んで、この姿を作り上げていました。着ている服も当時のものに合わせてありますしね。  ボディサイドに貼られた大きな4x4MAGAZINEのステッカーは、後から貼ったので剥がそうと思えば剥がせますとは仰いましたが、え? これもまた、作ったの? って感じの仕上がりとなっています。この細かな文字まで作ったようで、さらにビックリ。そうそう、フロントタイヤは左右に動かせますので、ここにも、かなり感激。ホイールは、さすがにできあいがあったのだろうと思われますが、これとて訊いてみないと分からないところもあります。いやー、すごくびっくりしました。もちろん、保存版にいたしまする。

#1913 大学病院での患者受付番号が1111に続いて、1234が来てしまった、という衝撃的な話。

イメージ
 以前ですね、 #1808 にて、大学病院での受付番号に、とうとう1111番が来た! と、書いていましたが、ついこの前のことかと思いきや、なんと2025年6月21日でありまして、ほぼ半年ちかく前のこととなっていました。早いなぁ、早い。時間が立つのは実に早いものがあります。そして、今日はですね、突然に1234番が来ました。本日は、そもそも院内をあちこちと回らなければならない日ではありましたが、今日は何番が来るのだろうという思いがありました。で、突然に、この番号を目にした時には、心の中でやったー! という思いがめぐり、でも、誰にもいうことはできないという、でも、それでもいいや感があふれており、もう、これだけで 、一日が大満足といった感じに満たされていました。  この病院へは、足しげく通っておりますが、もちろん、受付やらで呼ばれる時には、まずはこの番号にて呼び出しがかかります。ま、いわゆる個人情報ってやつなんですが、つまりはですね、「せん・にひゃく・さんじゅう・よんばんの方ー」、と、呼ばれます。ところが、とある診察科では、自分のことを、突然に「いち・にー・さん・よんの方ー」と呼ばれまして、ちょっとビックリ。これはですね、まずは数字をすべて目にして、だからこそ、数字の並び方をなぞって、そう呼んだと思われます。そんなことを勝手に頭の中に思い浮かべると、実に、愉しさがあります。あります、あります、あります……。って、考えすぎているんでしょうか、自分。いや、いいとは思うんですけどね。ま、いいや。

#1912 何ができるわけでもなく、大きく変わった感がまったくなかった、東京は代々木駅前。

イメージ
 東京都の代々木駅前を歩いていたらですね、駅前にあったあの大きなビルが消えていました。写真は、後に駅ってな図柄から撮影しています。ちなみに、消えていたというよりは、一時的に消去され、そして、何か新しい建物へとスイッチしてゆくようでしたが、どこも立て替えばかりで、おもしろいんだか、おもしろくないんだか、さっぱりわかりません。ちなみに、自分は、この代々木にあった代々木ゼミナールに2年も通ってしまった過去がありましたが、なつかしいやら、寂しいやら、複雑な気分となりました。建物を崩された地はまさに写真真正面のところなんですが、やはり代々木ゼミナールが持っていた土地だったんでしょうかね。ふと、代々木ゼミナールは、駅近くにいい土地をたくさんもっているので、何かあったとしても、なんとか生き残れる実力がある、なんて話を聞いたこともあります。  それにしても、この代々木駅前ってのは、誰も触れることができず、そのままに放置されていた印象が強くあります。でも、振り返ってみると、少し奥へ入ったところにあった旧ビル(代ゼミね)は、突然に崩されて、「代々木ビレッジ バイ クルック(代々木VILLAGE by kurkku)」と呼ばれる広場系へと移り変わり、8年だけの期間限定プロジェクトなはずが9年も開催されたとか。って、そもそも期間を限定していたそうですが、その後は、何かに変えることを目論んでいたんでしょうか。ってか、土地の所有者はいったい誰なんでしょうかね。  で、その古い建物の話はさておき、今回、崩されたのは駅前にあった、代々木ゼミナールの新館。当時としては、ってそれでも30年近く前になりますが、代々木ゼミナールのすべてはこの新館にありましたので、やはり寂しさを感じますな。ちなみに、少しズレたところにあった、別の建物はどうなったんでしょうか。って、やはり、新館って感じでしたけども。って、見てくればよかったですな。今度、出掛けてきます。

#1911 あ、運転できないじゃん、でも、知人に頼むのもたいへんだし、……、の、その後。

イメージ
 年内は運転することができません。って、どこかに書いた記憶があるのですが、ひょっとして書いていなかったりするんでしょうか。あれ、どうだったっけか。まぁ、いずれにしても年明けにならないと運転はできません。購入したクルマは申し込んでから1年以上待たねば買えないモデルだったのですが、商談へと出掛けたところ、小変更が行われるモデルと、その後に登場するモデルがありました。散々に迷ったのですが、旧いモデルを選びました。ら、なんとすでに商品は完成間近だったようで、待つことなく、すぐに納車。待たねばならないモデルだったのに、即納ってこともあるのかぁと思いつつも、一方で、我が家までもってきていただいた時に、新車だから1か月点検に出さなければいけないことに気付きました。ディーラーまで、クルマを持って行くのって、免許を使うことができないと、たいへんたいへん。こういう時は、免許証のある知り合いに運転をお願いしてもよかったのですが、この時期にお願いするのもたいへんですので、ディーラーの方に運んでもらうことにしました。  ということで、上の写真は、いざ出陣の時に、撮影したもの。こうして、眺めているに、やっぱり、黄色に黒という組み合わせは、好きになりきれないことを、強く感じてしまいました。ちなみに、1か月点検の結果は、我が家に来てからは、そんな理由から距離は進んでいないため、ディーラーで見ていただいてもなにも溜め込むことなく、すんなりと戻ってまいりました。  そういえば、先日、どこかの線路近くで、これとまったく同じ色合いのジムニーを見かけました。日常を歩いていて、とつぜんに出会ったこともあってびっくりしましたが、と同時に、ここに1台いたかぁというがっかり感も湧き上がってきました。ま、珍しいなら珍しいで、見たことないほうが良かったとも思っていたためでして。ちなみに、ほぼノーマル状態でした。

#1910 昭和かと思いきや、平成元年に完成していた、調布に佇んでいるPARCO。

イメージ
 今日は今日とて、ふらりと東京にある調布市を訪れたのですが、駅前にあった建物群は、地下へと埋められており、そこには駅などなかったのではないか、と、思えてくるフラットシーンが作り出されていました。今日は日曜日だったからなのか、工事はまだ施工中なシーンがありながらも、そこにはかなりの人々が訪れていました。何か、イベントがあったのか? と思われるような人ばかりでしたが、だからといって、海外から来られた方が特別多かったといった印象は受けませんでした。  さて、そんな調布駅前にあるPARCO(写真上)ですが、改めて目にするによくできた建物だなと感心しました。もはや、昭和だから建てられた建築であって、今、技術があるとかないとか関係なく作ることはできないだろうな、と、思わせてくれました。なんていうんでしょうかね、角が美しい。この緩やかなコーナーは、昭和な時代だからこそ……、と、書こうとしたら、なんと、完成したのは平成元年ではないですか。あれ……、おかしいなぁ……、絶対に昭和な味だと思っていたのですが、ま、完成は平成になってからでした。ただ、さらに観察していくと、そのコーナーリングは外側だけではなく、内側にも抉られていまして、上手く作ったなぁとひたすらに感心させてくれます。それにしても、この壁色の美しさと、そこを横切らせている黒の入れ方、さらにその磨き方に恐れ入りましたといった感を受けたのでした。いや、すばらしいね、ここは。  ちなみに、PARCOではありますが、ここは駅前にあるPARCOですので、ほかの建物とは違うと思われます。といいつつ、店舗のチェックをしてきませんでした。どうなっているんでしょうかね。

#1909 お鷹の道・真姿の池湧水群から流れ往く小川に群を作っていた、アジアンタムとクレソン、と。

イメージ
 今日は、東京は西にある国分寺近辺を歩いていました。そして、ふと気付くと、そこにある「お鷹の道・真姿の池湧水群」から流れ往く透明度のすこぶる高い川面ではホタルが出ることもありますと書かれており、え? ホントなの? と思いながらも、眺めていました。でも、どうしたって、これだけの都市になってしまうとホタルは出ないでしょ、といいますか、ホタルを見るためには表には見えてこない相当な努力が必要ではないかと思われます。まずは、タニシをどうするとか、そんなところから始めなければなりませんから。  ま、そんなことを考えながら、散策していましたが、川面では影ができたところに、アジアンタムが成していました(写真上)。一部だけではありますが、環境がすこぶるアジアンタム向きになっているんでしょうね。そもそも、野生で生えていてもなんらおかしくはないのですが、そういえば、最近は、国内のこうした地でアジアンタムが生えているシーンをよく目にします。それだけ、地球の環境も変わってきているんでしょうかね。不思議ですが。そして、その少し下流では、クレソンがこれからは自分たちの季節といわんばかりに勢いを強めつつ生えていました(写真左)。しかしですね、こちらは、どなたかが植えて、そして生えてきているんじゃないかな、とも推測されました。ま、実態はわからないわけですが、こうした川面は、じっくり眺めていると、意外にも、愉しさにあふれていたりもしますな。

#1908 陽当たりはとってもよかったのですが、寂しさは極められていた、外苑前のいちょう並木。

イメージ
 今日の神宮外苑にあるいちょう並木は、いつしか、葉をそぎ落とし、そして、地面には落ちた葉は潰されて、すっかり冬景色を迎えていました。太陽の陽射しはそこそこにありましたが、空気がツンと冷たく広がっており、寒さを感じさせました。もちろん、木によってはまだ紅葉といった立ち木もありましたが、枯れている感のほうが強かったかなといった印象があります。それにしても、約10日前に訪れた時には、紅葉は盛りを迎えており、撮影している日本人はもちろん、海外の方も多くいらっしゃって、平日ではありましたが、まさに賑わいを見せていました。あの時は、なんで、こんなに人が集まっているんだろうか、と疑問を持ちましたが、考えてみると紅葉な盛りでしたから、ま、当たり前か。それにしても、日本人はまだしも、海外の方がよく紅葉がいちばんイイ時期を抑えていたなぁと、ちょっと感心したりもします。  考えてみると、このいちょう並木を訪れたのは、30年以上前のこと。ただし、その日付は11月の連休だったと記憶しています。しかも、その連休とは11月3日であって……、あれ、そんな早いわけはないか、いや、でも、その時期に、仕事で河口湖方面を訪れた時に路面が凍っていて、クルマを滑らせてしまった覚えもありますから、その時期だったと記憶しています。いずれにしても、紅葉の時期すらかなり遅れてきていますので、もう少し時間が経過すると12月末ごろにこんな景色になっているような気もしています。左に掲載した写真は、その10日ほど前に撮影したものを、再掲しています。拡大するとすぐに分かりますが、もはや、その木陰は、人、人、人……、と、人ばかりとなっています。

#1907 中央線を高架にしたことで、その下スペースに効率のいい住居を作り上げた、学生さん向け物件。

イメージ
 中央線の東小金井駅を西側へと歩いていたら、このあたりは、いわゆる2階建てとなった中央線の真下に、物件を並べた「中央ラインハウス小金井」がありました。ここは、東小金井駅と武蔵小金井駅の間にあるのですが、詳しく観察していくと、どうやら貸し出しを行っている様子。あー、なるほどね、こういう形態で貸し出して、そして、利益を得て、経営を成り立たせているのか、ってなところまでも、見えてきました。ターゲットは、バスルームや洗濯機をそれぞれに備えたイマドキを展開しており、また、大きな窓の組み合わせもあって、広くはないんだけど、これで十分じゃない? ってな広さを展開していました。  で、検索したところ、若い人向けは正しかったのですが、さらに学生さん向けに展開されていたことが分かりました。この東小金井駅の近くに意図的に配置したことで、どの大学、専門学校へも通いやすいことをアピールしており、たとえば、文字にて東小金井駅から近隣の駅までの所要時間が書かれ、さらに、大学の配置図もイラストにて掲載されています。ちなみに、その練りに練られたイラスト類は、武蔵小金井駅と東小金井駅から東側しか掲載されておらず、八王子方面にある大学の紹介はありませんでした。ふっと考えてみますと、住むところは地方、でも、大学は都心にあるっていう都心ならではの組み合わせは、この地域では昔から当たり前となっており、電車で移動できることまで含めて、展開されていることも見えてきますな。  この中央ラインハウス小金井の家賃は4.7〜7.7万円までですが、普段はあまり見馴れない経費系が付いてくることもあり、支払い総額としてはそんなには安くはない様子。ただ、ぱっと見た限りですと、一部レイアウトをのぞいては、角部屋を基本としていますし、また、ホワイトをベースにした清潔感ある設計もあって、ふーん、いいんじゃないでしょうか、といった観じも漂っています。そして、イマドキ装備としては、宅配ボックスやオートロックもちゃんとついていますし、食事(朝と夕)は別料金となりますが、皆で食すというスタイルもしっかりと作られています(写真左)。つまり、孤独になりそうだけど、ならなくてもいい、というカタチも作っています。ふーん、なるほどね、イマドキのグループホーム状態、といった感もあります。ちなみに、この物件は高架下にあるんですが、果たして、音はどこまで響い...

#1906 立て替えているなぁと思ったら、すっかり美的になっていた「駐日韓国大使館 韓国文化院」。

イメージ
 テクテクと歩いていると、いろいろなモノを目にします。なんていうんでしょうかね、周りを見ながら歩いていますから、目にしながらも、あーでもない、こーでもない、と、いろいろと考えているから、ってのもあるのかもしれません。というわけで、新宿通りでみかけた「駐日韓国大使館 韓国文化院」。あれ、ここって建て直しをしていたような気がしつつも、ここを歩くのはかなり久しぶりのこと。いつしか、随分と立派な建物になっていますが、建物を見ていると、その構造がなんだか複雑そう。どうやったら、左側にあるところへ行くのだろうかと、不思議が漂っていますが、なかなか難しさがあふれている感じでもあります。  それにしても、建て直す前って、時代を観じさせた建物だった気がしているのですが、実際にどうだったかはよく覚えていません。そうそう、この白いロゴは、背景に紛れないように白を採用しながら、さりげなく存在感を示しているサイズ感はすごくいいなと思いました。ちなみに、写真を撮影した際は、道路を挟んで対面にいたので、そこが入りやすいのか入り辛いのかもわからぬまま。ただ、入り口のところは大きく入りやすいサイズ感を作り上げていますから、きっと入りやすいんでしょうね。といいながら、ここには一体なにがあるのか、何ができるのか、まったくもって分かっていなかったりもしますが。

#1905 いい感じに広さをもった公園は、だだっぴろさに加えて遊具もあるようですな。

イメージ
 小公園とでもいいましょうか、いや、遊技器具があるので、そこそこに広いながら、遊び具が揃った公園が12月12日にできようとしています。たまたま通りがかって見つけたのですが、その公園内にはちゃんとトイレもありますし、さらには小山もあって、さらには広い面積が付いていて、まさに遊べるところになっています。果たしてどんな公園として展開されていくんでしょうかね。ちなみに、養生期間のため立入禁止と書かれた掲示もありますが、これは開園後も続いていくのでしょうか。それとも公開してしまうのでしょうか。  ちなみに、この公園ができる前は、どんな敷地だったのかは分かりません。ただ、住宅街の中にある地に作られた公園ですし、それでいながらいわゆる閉じこめるようなゲートはないために、かなりフリーな使われ方も想像されます。つまりですね、子供だけかと思いきやも、スケボーとか来てしまうんではないか、と。ちなみに、この公園名は「南文化公園」とのことでしたが。

#1904 病院なのに、なぜに、ダーマトグラフを使っているのか、さっぱりわからない、ってな、話。

イメージ
 今日も今日とて通院してきたのですが、この病院だけでしょうかね、ここではDERMATGRAPH(ダーマトグラフ)が超多用されています。上の画像の真ん中に記されている、この赤いPenのことなんですが、どこの受付へ行こうとも、そして、どの会計口へ行こうとも、必ず皆さんで使っています。しかも、この赤いモデルが。さすがに、ここまで統一されているとなると、誰かの指令があったからにほかなりません。ちなみに、このダーマトは非常に書きやすく、とっても使いやすく、編集部時代に超愛用していました。個人的には、写真やネガやらを入れておく袋に上書きするのに使っていましたが、そもそも、色合い抜けもしないですしね。言い方を変えると、まさにオールマイティなペンであって、適度な太さがまた気持ちいい走らせ方ができますので、まさにグー、かと、思います。  それにしても、このダーマトグラフは当たり前に思っていた油性だけではなく、水性タイプも用意されているとか。この水性ならば、なんと後から水を使って消すことができるといいます。え? 消せるの? 使う人いるの? とか思ってしまいますが、実際にはいるんでしょうね。ちょいとびっくりではありますが。

#1903 ふらふらと歩いていたら、ビックリなクルマが続けて出てきた、ってな、話。

イメージ
 今日もテクテクと歩いていました、ら、いわゆる名車に届かない、いや、届いていると思うモデルが続きまして、ビックリしました。上の写真は、ゴルフなんですが、Ⅰ でして、しかも、カブリオ。さらに、赤いボディ。で、幌は後ろ部分が朽ちており、水が入ってしまっている状況でした。こうして眺めていると、たぶんわりと最近まで走っていたんだろうなぁと思われます。それにしても、この後、どうされるんだろうか、しっかりとメインテナンスしてくれるところもないので、たいへんだろうなぁと思ってしまいます。  そして、もう1台は、2世代目となるRX-7。すっかりホコリを被ってしまっていますが、タイヤの溝やらを見ると、まだまだ走りそうな雰囲気。ヘッドランプユニット下にあるランプからすると、これは前期モノかな、と思えるのですが、フロントのサイドフェンダー部にウインカーランプってあったんでしたっけか、なかったんでしたっけか、そんな悩みも同時に披露してくれています。移植しただけなのかな、違うのかな。そして、ボディカラーはブラックですが、これもまた、FC3Sならではのカラーリングではないかと、つくづく思ってじっと見てしまいますな。  と、ふらりと歩いただけで2台を見つけましたが、振り返ってみると、80年代は、カッコイイクルマが多かったように思います。車検制度の緩さが許したためなのか、逆に技術が多くなかったから作り上げられたモデルなのか、いろんな捉え方ができると思います。思いますが、やはり、当時を若者として過ごしてきた者としては、あの頃の時代の流れがまったく違っていたような、そんな気がしています。バブルという言葉は、よろしくない意味合いで捉えられていますが、あの中にいると、そんなマイナスな意味合いは感じなかったですしね。

#1902 歩いていたら偶然に発見した、PlayPlaceまで備えていたマクドナルドな新店舗。

イメージ
 時間ができると、あちこちへとテクテクと歩いて出掛けていますが、先日は、マクドナルドのリニューアルをしようとしている試みに出会いました。ここは、もともと店舗があったところなのですが、いつしか、すべてを壊して、駐車場を広げて(たぶん広げてる)、イマドキな店に仕上げていました。実は、この店舗がある通りは、交通量はそれほどは多くはないのですが、でも、少なくはないという、ちょうどいい混み具合となっていますので、きっといい商売をしそうだなと、そんなことを予感させてくれます。ただ、冷静に考えると、その横を走っている、大きな市どおしを直結するルート沿いに作ったほうが、きっとさらに儲かるだろうに……、と、思うところもありますが、これはこれで、いろいろな事情があるんでしょうね。  その新店舗に、その完成日は書かれていませんでした。しかし、冷静に考えるとですね、店舗が完成する前に、まずは、看板たるマクドナルドマークとドライブスルー時間を表記してしまうのは、なんともスバラシイ戦略ではないか、と。ドライブスルーは6時から24時まで展開することがわかりますし、店舗側に目を向けると、PlayPlaceと呼ばれるコーナーも付随していることも分かります。この子供向けなシーンは、利用料やらを取られるわけではありませんが、とっても有効そうです。  そうそう、別店舗で、ポテトの写真と、バーガー系の写真だけを、いちばん高い位置に、しかも切り取った状態で展示し、しかも、マクドナルドたるキャッチはなにも入れていない状況で。それなのに、つまりは写真だけなのに猛烈に惹かれることがあり、ちょっと面食らってしまっていたりもします。それにしても、そういった写真を用いた広告では、そこにマクドナルドたる何かを加えておくものだと思うのですが、ああいう戦略を貫くスタンスも、また、マクドナルドたる戦略なんでしょうな。

#1901 絵画館って名称までは思い出せたけど、正式名称は知らなかった、その、絵画館。

イメージ
 ふと明治神宮外苑へと出掛けてきました。んが、ここの道路は散々に走りまくったはずだったのに、今では、さっぱりわからないルートへと変わりつつあり、はっきり言って、どういうルートにされるのかは不明ですが、あれ以上の整え方はできないだろうな、と思うことがたくさんあります。たとえば、外苑なルートは、大きな楕円を巡りながら、適度に規制された信号の配置によって、途中はものすごく走りやすさがありました。なんていうんでしょうかね、あのルート内は渋滞になることはなく、すっと車線変更ができた、そんなイメージとでもいいましょうかね。でも、今は、車線の制限が激しいこともあって、実に走りにくさとなっていまっています。  そして外苑内に目を向けたんですが、あれ、外苑内にあるあの古い建物の名称ってなんだっけか、って分からなくなり、散々に考えましたが、結局、分からなくなっておりました。あ、そうか、絵画館って言ってたよなと思い出しましたが、正式には聖徳記念絵画館と名乗るそうで、どうやら明治神宮外苑に囲われたスタイルとして展開されています。この絵画館は写真右側でおわかりのとおり手が加えられていますが、同時に駐車場にも制限が加わっているとか。ここもまた大改良なのでしょうかね。それにしても、ここの正式名称はどうして「せいとく」という呼び方をするのでしょうか。「しょうとく」ではダメだったのでしょうか。それもまたさっぱり分かりませんが……。  ちなみに、上で触れた聖徳記念絵画館を訪れる方はほとんどおりませんでしたが、その南側に広がっているいちょうの並木(写真左)には日本人よりも海外の方がたくさん訪れていました。平日でしたが、それこそびっくりするぐらいの人がたくさん。そして、この分かりやすすぎる「観光地」って表記はどうにかならないものでしょうか。もはや、観光地以外では海外の方々を目にしないんですけどね。と同時に、自分が海外へと出かけた際に、そうならないように気をつけねば、と、再度、思ったりもしました。はい。

#1900 ほんのり暖かい味わいがパンに広がっている、クリームパンと、そのほかなパンの話。

イメージ
 シンプルで、完結なパンを扱っているパン屋さんがあります。コテコテにするんじゃなくって、しっとりとした味わいをパンへと焼き込んだ不思議なお店でして、正直、使っている食材は、高級というよりは、本質にこだわりをみせたものばかり。結果として、高くなりますが、そこに後から味を加えた感覚は見当たらず、とってもシンプルで、かつ広がり往く味わいが、もはやストレートだったりします。  メインの写真に掲げているクリームパンは、まさにシンプルかつストレート、そして、完結。甘すぎることがないクリームを適度に詰めこんだ感がそこにはあって、実は、詰めこみすぎたクリームパンのようなただ甘いだけではなく、それととは異なる味わいがそこに成り立っています。なんていうんでしょうかね、まさに、丁度いいクリーム量を備えていて、ちょっと小さめかなと思うところもありますが、これ以上の分量は不要ですといったところがあって、すごくいいです。ちなみに、自分はクリームパンがいちばん好きだったりします。理由は、なんでしょうね、シンプルに作れてしまうから、かな、と。    写真左は、「飛べ! くまパン」。お腹部分がちょっと凹んでしまっていますが、なんともかわいらしいコンビネーションとなっています。この店舗にしてはちょっと大きめなサイズとなりますが、なんと顔と体とで異なる味わいを作り上げており、購入する時にはちょっと高いかなと思ったものの、この組み合わせは食べた後にとっても満足できるもの。残念ながら、今日で終了だった様子ですが、次はいつ出てくるのでしょうかね。そうそう、今日購入したパンは、数そのものは多くはありませんでしたが、価格は1000円を超えておりました。これもまた当たり前かな。

#1899 今日は今日とて、びっくりした1車両貸し出しスタイルな、広告展開話。

イメージ
 昨日、千葉へ帰った時のことを書きましたが、今日は、おそるべしと思わせたJRの車両に乗りました。中央線だけなのか、それ以外でも展開しているのかはわからないのですが、1車両(たぶん、そこだけだと思われる)を乗っ取ったといわんばかりに広告を広げているモデルを目にしました。内容は、8日間だったか、とある局で卓球をフューチャーした番組を放送していく、というものでした。ただまぁ、乗っ取るにしても、ひたすらに広告を並べるだけではなく、まず、動画パートではその様子を流しまくりまして(いわゆるJR系の広告はなし)、続いて広告紹介のところでは、コート内たる雰囲気をぼかしながら、ごまかしながら使って、その上にカタカナ文字をドカンと載せていたり、はたまた、見開きが2枚重ねられるところでは、選手を大きく使いながらもその横にカタカナ文字を大きな文字そのまんまで置いてみたり。すごいなぁと驚かされたと同時に、勢いというのでしょうか、やる気満々な雰囲気に圧倒されてしまいました。  そして、その電車では、中刷り広告のところに、上をクリアとして見せないようにしながら、下方にネットを取り付けた「だけ」という、超最高な激技まで見せておりまして、感服(写真上部)。しかも、よく見たら、このネットには、Nittaku(ニッタク)というメーカーがタグを打っていましたから、彼らが持参した本物しきりなものであり、さらに、そのクリア版のほうには、テレビ局名まで書かれていました。なかなかスゴイなを感じさせながらも、さらによく考えてみると、クリア部分とネット部分との接続は、白い丸ピンで止められていまして、さらに深く考えてみますと、横に貫かれている白に含めるのではなく、あえて、別枠で止めています。ここにはきっと語るに語れないほどの理由が存在しているんだろうな、なんてことも感じさせてくれました。  あ、このネットの後側(下側)に、選手とバコッという文字が並べられていました。ただ、冷静に考えるとですね、この「バコッ」という音をよく使えたなと、思ったりもします。ちなみに、卓球に対しては、実は好きとか、嫌いとか、そんな受け取り方すらしていませんでしたが、あえて、素人向けにも捉えることができる、この広告展開には、ただ、ひたすらに、やられたなーを感じ取りました。

#1898 千葉駅で折り返すだけなんだけど、ふらりと撮影してみた、とある車両。

イメージ
 都心発の電車は千葉駅止まりで、そのまま、東京へと折り返しを行うために、ホームに停車していました。あ、千葉へと戻るための電車選びでしたが、いずれにしても、千葉から先へと繋がる電車は15分後に発車だったこともあり、また、到着ホームにまだ電車が来ていなかったこともあったので、そのまま、しばらくは発車しないという車内で待つことにしました。そもそも、乗ってくる方もいらっしゃいませんでしたので。  そしたらですね、それこそ自分が乗る電車が千葉駅に到着するシーンに出合いまして、さらに、車掌席に誰もいなかったこともあって、辱めを感じながらも、上の写真を激写しました。いや、別に、車掌として誰かがいたとしても、オープンになった空間でしたから、撮影したところで、なんら問題はなかったのですが。といいますかね、車掌さんって、折り返しになる時に誰かに新しい方に引き継ぐのではなく、車掌さんがいないままに放置されていることってあるんですな。昔を考えてみると、そんなような放置な感じだったことも思い出しますが……。

#1897 3連なモニタ配置には、異なる動画を流すことで効果を与えつつも、実は手前の手すりが邪魔だった、という話。

イメージ
  先日、実家へと帰っていました。帰りの電車内では、 #1850 にて記載したあの事実を再確認してきましたが、まさに、快速ではそれなりに広告掲載があったものの、千葉発となる各駅停車となるとほとんど広告がない、という状況となっていました。ただ、あれこれと観察をしてみると、その快速で掲載されている広告は、中央線やらで目にしたことがあるものが主体で、さらに、モニタ表示されているものには、見たことがあるものだけではなく、見たことがない動画もありました。どうして、そんな展開をしているのかまでは見出せませんでしたが、いずれにしても、媒体側が探っている感が奥深くに何かがある、そんなイメージを受けました。  ちなみに、動画表示部は、3つのモニタが並べられていますが、広告効率を考えたブランドではその流れの中に、同じ画像を使いつつも、時にバラバラにし、さらには3つ別々の動画を流しているところもありました。ふーん、なるほどな、と思ったのですが、思ったのですが、上の画像のように、手すりというんでしょうかね、動画手前に配置されている手すりが大きく邪魔をしてしまい、動画そのものが見辛いというシーンも作り出していました。こうなってくると、手すりそのものの改良だな……、と、そんなことまで考えさせてくれましたが。