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#1958 相鉄線と、相模線と、区別がつかなく……、ならないね、神奈川出身だと、ってな話。

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 神奈川県内を走っている線に乗りました。相模原市は橋本駅から、茅ヶ崎駅まで走っている単線で、その名称を相模線といいます。そんなローカルな線があるんだ、と思われつつ、実は県の中心を北から南まで貫いていたりもします。ちなみに、茅ヶ崎市ってあるんだっけか? と、考えたりしたんですが、ちゃんと市として成り立っておりまして、その左にある平塚市は意外に東西に長かったり、その右にある藤沢市は意外にも北方向にあるんだなぁ、と、地図を眺めていると見えてきます。ちなみに、茅ヶ崎市の北側にある寒川町、平塚市に囲まれた感のある大磯町も残されており、町作りが多くされた県なんだなぁとも思いましたな。  で、その相模線ですが……、あれ、調べようとしたら、なんと廃線になったところがあるようで。この線は、1923年から付随となったようですが、そもそもは1921年からスタートしており、駅は1つで、同じ駅ながらも東河原駅→昭和産業駅→四之宮口駅、そして、1944年に西寒川駅へと名称を変更してきました。ただ、もちろんのことすでに廃線済み。そのタイミングは、国鉄からJRへと変更する時で、ふーん、そんなタイミングだったのかぁ、と思いつつ、あの頃に廃線してしまう路線ってのは、かなり珍しかったような印象があります。もはや現在ではなくなってしまった西寒川駅周辺は、廃線になってから42年が経過し、駅周辺に線路が残されて公園になり、散策するにはいい地なのかもしれません。そして、一昨年になりますが、この廃線を取り扱った雑誌までも販売しているようです。  ってことで、メイン写真の話をしていませんでした。橋本駅から発車する先頭車輌。最近、JRに乗る機会が多くあるのですが、ここまで大型になったセンターにある扉形状(ガラス面多し)に、少々驚きました。運転/車掌席があるところなので、そんなに下までをガラス形状にしなくてもいいんじゃないか、と、思わせましたが。ちなみに、一般的な電車ですと、センターだけがガラス形状になっているってのも、珍しいですし。……、あ、違う、か……。この形状で前後車輌を繋いでおくと、たとえ、先頭になろうと後方になろうと、途中になろうと、どこでも、効率良く利用できます。なるほどねぇ、そういう考え方かぁ、と、ちょっと感心したりもしています。そうそう、自分は、神奈川県出身だったりします。なので、相鉄線、相模線の区別は...

#1957 なぜか、売りわすれてて、バルコニーに1本だけ残されていたアルミホイール、果たして、その価格は。

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 ずっとバルコニーにおきっ放しになっていたアルミホイールを、さきほど手放してきました。なぜに、ずっとおいてあったのかと言いますとね、遥か昔に、オフロード走行でリム部分を曲げてしまい、タイヤとホイールを組み込むことができなくなっており、捨てるに捨てられないし、クルマ由来の廃棄物となりますので、処分に困っていました。ちなみに、購入してきたのは埼玉県にあったタイヤ屋さんで、ショップ名やらはすべて忘れましたが、そこは、大きくはなかったけど、小さくはない広告が打たれていた……、と、記憶。ま、いずれにしても、雑誌に堂々と広告が打たれていた店舗で、それは、学生時代のころのことでしたので、かなり前のことになりますな。  もちろん、引っ越し前だったかに、ジープ・グランドチェロキー用のホイール4本(メイン写真は当時の広報写真から)を処分してきましたが、あの時は、4本あったからか4000円をオーバーした金額をいただいて来ましたが、今回は、アルミホイール1本のみ。持って出かけるのも申し訳ないなぁ、と思いつつ、このままだと持ち運ぶのが面倒といいつつ、運び出さずにおきっ放しになりそうだったので、とりあえずは玄関まで持っていき、クルマに積み込みました。ジムニーのリアシートは最初っから畳んだままになっており、その上に、荷物をおいても滑っていかないシートを敷いてあります。が、走っていて、ちょっとロールが強くはいってくると、たとえば、左側に寄せて積んでおいたのに、右側へとスススーッと荷物は流れ、ドシンという振動を響かせてくれます。荷物の移動は2回でしたが、いきなり動き出すこともあって、その音が轟くとはたして何が起きたんだ? と、ビックリしまっておりました。  で、価格ですが、ラダーフレームがついていたモデルとはいえ、いわゆるライトクロカン系サイズ、つまり、6.0JJ×15インチで、な、な、なんと、3000円オーバーとなもし。4本じゃないのに、1本なのに……。これが、グラチェロのアルミだったら、今、手放したらいくらになるんだろうか、と、少しだけ妄想しましたが、それにしても、ビビりました。アルミが高値で取引されている話は聞いていましたが、ここまで差が生まれてしまっているとは、オドロキでした。

#1956 日産の座間事業所に「付随」させている、一般の方々も見ることができる、ヘリテージコレクション。

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 今月に、日産座間事業所にあるヘリテージコレクションへと出かけてきました。あれ、1年近く前に掲載していなかったっけか? と、思われた方がいるやと思われますが、実は、2024年12月に出かけております(ここへの掲載は25年5月)。ちなみに、このイベントは編集部向けだけではなく、広く一般の方々にも、公開時間を限ってとなりますが、公開をしています(→ ヘリテージコレクション )。というわけで、2回目の参加となりましたが、展示している車両は変わっておらず、その中から、販社によっては展示に用いたい、市販していたクルマとして扱いたいなど、その主たる理由によって貸し出しが行われています。つまりですね、そうした「出張」に応えながらも、残されたモデルたちを、皆に公開していたりします。  今回、訪れたところ、実は、前回に貸し出し中となっていた、初代テラノ(メイン写真)が復活をしておりました。1986年にデビューしていますが、やはり、SUV系は北米が強かったこともあって、画期的なモデルをリリースしたかった様子。そのベースとなったのはダットサントラックでしたが、同じモデルとは思えぬほどに、違いを表現しており、まさに、すべて一新といったテイストを手に入れていました。そのデザインは、日本ではなく、北米にあったデザインスタジオである「NDI」専属となりましたが、さらに、ハードウェア的にも劇的。フロントにダブルウィッシュボーン式を採用しながらそこにトーションバーを組み合わせ、リアには5リンクリジッドにコイルスプリングを加えるという、ハードなオフロード走行を可能にしつつ、オンロードにおける快適性をバランスさせたモデルとして登場させています。そして、センターデフを備えながらも、エンジンは、ディーゼルのみからスタートしつつも、ガソリンは翌年に追加し、その翌年にはディーゼルがターボ化、さらに翌年には4ドアを追加しつつ、ガソリンに電子制御式となる燃料噴射装置を組み合わせており、まさに、当時の技術革新をダイレクトにテラノへと採用してきた印象が強く残っています。  ここに展示されていたモデルは2ドアスタイル、しかも赤! 、で、フェンダーなし、V6/3.0Lを搭載していました。当時の日本では、ワイドフェンダー付モデルの印象が強く残っていますが、やっぱり、オリジナルを語るには、この仕様しかないよな、とも、思えてきま...

#1955 野球の試合は、テレビで見るのと、ライブで観るのとでは、ぜんぜん違っていました、ってな話。

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 週末に、ふらりと野球観戦へと出かけてきました。特にチーム名を書いていないことからお分かりのとおり、ファンではないからでして……。えっと、横浜大洋ホエールズの試合だったんですが、どうしても、最新の名称が出てこない。これは幾度試してもダメでして、で、調べてわかりました、DeNAベイスターズの試合でした。ちなみに、相手チームはカープでして、えっと正式な名称は広島東洋カープといいます。このカープの名称は、しばらく変わっていないこともあって、ちゃんと覚えておりました。  振り返ってみると、試合にでかけたのは、小学校3年生の春先のことで、父親に連れていってもらって目にしました。たしか、横浜スタジアムができたばかりであり、しかも、こんな都会に着くってしまうとは、なんともスゴイもんだなぁ、と、感じたものです。そうか、スタジアムができてから40年以上が経っていますから、ひょっとして、ボチボチ立て替えるんだろうか、と、思い、検索したところ、壊すことはなく、スタジアムの各部をバージョンアップさせたい様子です。周囲に、回遊デッキを足したり、水の広場を加えたり、また、北東側に公園風な地域を広げたり、JR東日本の関内駅との間にある道路の通行をよくして繋げてみたり、そして、スタジアムとしては座席数を多く増やしたり……と、さまざまな手法が提案されていました。このスタジアムの近隣へと出かけることはあっても、細かに観察してこなかったので、何が新しいのか、古いままなのか、さっぱり分からずでしたが、入場してみて、外から支えている筐体以外に手が加えられていることは理解でき、イマドキなスタジアムへ変貌しようとしている一面を感じ取りましたな。  それにしても、近隣にある横浜BUNTAI、横浜武道館やら、え? 大した建物ではなかったのに、随分と立派になって「いらっしゃる」ってな感じで、そちらにもオドロキました。ちなみに、伊勢佐木長者町付近の危うさはメイン通りからは半ば強制的にはじかれていましたが、その1本裏道へ入ると怪しさは変わらず。自分が幼少の頃に出合った、自分のほうへと手を向けて、こっちに来なさい、ってな、誘いも、そのままに残っていそうな感じでした。そう、伊勢佐木長者町は毎週通っていたものでして。……、……。  あ、試合は、4-3で、DeNAベイスターズが勝ちました。

#1954 お墓参りへと出かけ、富士山を拝み、そして、山中湖を眺めてきた、そんな、話。

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 ふらりとクルマで出かけました。最近では、目的地が決まらぬままに出てしまうことも、多々あります。といいますか、そのほうが多いかもしれません。で、本日は、とりあえず奥多摩へ行くか、湘南まで出て海を見てくるか、さて、どっちにしようかと戸惑いを抱きながら出たものの、あ、ガソリン残が半分しかない、明日分も入れておこうと、ガソリンを満タンにしておこうかなと思っていたら、大渋滞に巻き込まれました。途中で折れ曲がろうとしましたが、もう、面倒になってしまったので、そのままにガソリンスタンドを目指しました。  で、スタンドを後にしたら、ま、とりあえず、相模川沿いを走ってみようと、南下。海老名辺りでトイレを催し、スーパーを探して、ひと段落。で、握ってきたおむすびを食べながら、あ、神奈川県の真ん中にいるんだったら、父親方のお墓参りへ行こうではないか、と、急に思い立ち、場所は分かっていたのですが、なぜか通り過ぎてしまって、異なるルートへ出てしまいました。ついでにトイレに立ち寄りたかったので、またしもスーパーを探そうとしたら、しその曲がろうとしている信号の先にスーパーを発見。な、なんでしょうかね、この偶然たる連続は。ほんと、不思議です。ということで、すべてを済ませて、で、お墓に到着。お墓の場所は、それほど広くはないものの、道路に近いところにあることは分かっていたので、ふらっと歩いたらば、するりと到着しました。  ここまで来たならば、もう少し、西へとルートを進めて富士山を眺めながら、そして、山中湖を経由して、帰ることに。利用したのは、タイトなターンが続く県道なんですが、そこを走るクルマたちがみなさん快調で、いい気分のままにドライブは終わりました。走行距離は200kmほど。休みとしてはトイレ休憩するぐらいで、ひたすらに走っていましたが、なんでしょうかね、この気分のよさは。天気でしょうか、気温でしょうか、なんでしょうかね。

#1953 日産自動車に展示されていたフェアレディと2台のフェアレディZが見せてくれた、そのスタイル。

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 日産自動車株式会社の本社ビルにフェアレディ、そして、その後を引き継いだフェアレディZ2台が展示されています。これまでに日産の特別なモデルとして君臨してきましたが、振り返ってみるとキーになったアイコンが多くありますし、アッパークラス感もしっかりと備えており、GT-Rよりも好きかなぁ、を感じさせてくれます。この写真には、ルーフ部分を取り外せるTバールーフを採用したモデルも写っていますが、実は。そのオープンとクローズを愉しめてしまう手法に驚かされた覚えもあり、ルーフに流れているセンターパートにいわゆる「オシャレ」感を残しており、それが実にクールに思えてきます。  ちなみに、昨今の販売している国産車でいいますと、マツダ・ロードスターRFが販売を続けています。ルーフを外してしまえば頭上には何もなくなってしまう解放感、同時に、フルオープンになりきれていないクローズド感も両方持ち合わせています。ものすごく心地いい気分にさせてくれます。って書いていたら、ロードスターRFが欲しくなってきました。さて、どうするか。……。

#1952 不可思議なことにそれほど遠くない地域に2件もあった、クルマをサポートしてくれる店舗の話。

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 近隣をドライブしていた時に、珍しいクルマを取り扱っている店舗を2件も目にしました。しかも、同じ通り名な道にて。ひとつ目は、日産・ラシーンが3台も店頭に並べてありましたが、改造の手が入っていないように見えるものの、はたまたどういった過程を経て、今にたどり着いたのかは不明です。いずれにしても、オリジナルカラーなんでしょうか……、と、思いつつ、でも、実際にはオリジナルに塗ってあるのやもしれませんな。そして、どうしてラシーンが幾台か置いてあったのかなぁ、と思いながら、会社名にて検索してみたところ、「鈑金塗装修理なら……」とキャッチコピーにありまして、どうやら、ラシーンだけを取り扱った特別な店舗ではないようです。むしろ、オリジナルティあふれる車種をメイン販売とはしておらず、イマドキの店舗的なイケイケな面をベースに、中古品とか再生品などを利用してのリーズナブルな修理にまで対応している様子。まさに使い方次第かなぁ、なんてことも思いました。  そして、もう1件。少し古そうな店舗でしたが、店名でチェックするとインタビュー記事が掲載されていました。先にピックアップした店舗と同じく、オールマイティなクルマに携わってきたショップといった感じで、つまりは、鈑金やら塗装などまで、アフターサービス系を大切にしてきた感じ。かつては、目の前の道が砂利道だったこともあってか、幅広い車種を取り扱ってきましたが、現在はで「普通車」が多く訪れているとのことでした。話を読みこんでいくと、現在はその3代目となる方が経営されていますが、そもそもクルマ好きだったことも背中を押してくれたと書かれていますし、また、ご自身の人生とクルマは切り離せない……なんて言葉もありましたので、よほど、クルマが好きなんでしょう。ちなみに、営業車として紹介されていたのは、サニトラ。ただし、店頭に並んでいたのは飾りではないようにも見えてしまう「N360」、さらに、真正面ではなくサイドビューをのんびりと見せているジムニー(JA71かな)など、古いモデルが並んでおりました。自分で手を加えたモデルに乗ることを必須としつつ、そのクルマの選ばれ方は、はたして趣味なのか、こだわりなのかが、よく分かりません。ま、ご両親の世代が手を加えたモデルなのかもしれませんな(若くはないが、自分より下)。

#1951 高速道路系なパーキングエリアって、外からも利用できるって、ご存知だったりしますかい?

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 昨今の高速道路に付随しているパーキングエリアは、高速道路を走行しているクルマを停められることは皆が知っていますが、そこに、なんと、「歩いて出入可能」とした口が裏手に設定されていることをご存知でしょうか。親戚一同に聞いたところ、みな、知りませんでした。この上の写真がそうなんですが、外側を走る道路に掲げられた「ぷらっとパーク」という小さな看板がそれ。看板は小さかろうが、いちおうは堂々と出入りできる誘導路(歩道ね)が用意されています。ただ、この出入り口は、そもそも周囲へのアピール度がかなり弱くてですね、これでは、わざわざ分からないようにしている、としか思えてきません。まぁ、運営しているのは「国」絡みですので、目立たせたくない理由がたくさんあるんでしょうかね、きっと。  たとえば、この左側の写真は、東名の海老名SAは上下線ともにプラットパークのもの。ただ、よくよく観察していく(クリックで拡大)と、看板には第3パーキングとあり、。まぁ、そもそも第2パーキングであってもビックリするんですが、なんと第3まであるの? って感じで、ビビリました。ちなみに、このパーキングと外を繋ぐ出入口ができた目的って、近隣の方が、歩いてでかけて、愉しめる地、というスタイルを貫いたためではなかったかと思うのですが、ところが、これだけパーキングエリアの内容が満ちてくると、外に複数の駐車場を用意しなければならないという、不可思議なことが新たに組み合わされていきます。つまりですね、地域住民からしたら、道路であろうと、どこでも駐車を許すことはできない、つまり、異なるトラブルが起きてしまうものであって、はたして、どちらの意見を重視するのか、両立させるのか、難しい問題になるんじゃないかな、と、思われます。あ、これ、ひょっとすると、週末や祝日の日には、駐車場横に人を立たせて、そして駐車車両の整理しているんじゃないか? とか、思いました(混雑時に、この外との出入口を利用したことがないものでわからない)。  まさに、本末転倒な気がしてきました。ほかの高速道路では、展開しているんだろうか。ちょいと探ってみましょうかね。

#1950 16年ぶりなのか、それとも16年しか使っていない……、になってしまうのか、ベッドを買い替えた、話。

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 本日、ベッドを交換しました。かれこれと16年間使いましたが、実のところ、昨年まで交換する必要はないな、と思っていました。なぜかといえば、ヤレが見られなかったから。ベッド側からギシギシとか、そうした音が聞こえてこなかったですし、いわゆるヤレている感じもありませんでした。ところが、ここのところ、急激にコイルスプリングが沈み込むようなヘタリ(っていうのか?)が出てきて、さらに音まで出てきました。ちなみにその音ってのも、自らが同じ動きをすると「サウンド」となっていたこともあって、とうとう、買い替えることを決意しました。  そうそう、昨今の流れなのでしょうか。同じショップでの取引をすると引き取りも無料で対応してくれますが、ほかの店舗の品物の引き取りお願いすると、その分を科せられて少々高くなってしまいます。ま、それでも安いほうがいいかなと思ったのですが、両ベッドを比較すると、その「乗り心地」はきっと見えないところにあるんでしょうけど、実は、見た目(仕立て)から、支払い金額とのバランスが崩れてきましてね。やっぱり、ベッドの足数は4本でないとダメだな、を心に求めて……、ちょっとだけお高めになりましたが、購入しました。  ちなみに、届いた品物は、以前のものとは、ぜんぜんといっていいほどに変わっていました。16年前に購入したベッドは、いわゆる足だけ別体となった丸ごとな一体式。しかし、今回のタイプは、足がスチールになっており、その上にベッドを乗せるタイプで、さらに附属のカバーを取り付ける構成となっていました。一般的なんでしょうね、このスタイルが。ちなみに、過去のタイプはいわゆるベッドに被せるというカバーがなかったので、シートがどんどんやれていきましたし、なにせ、フレームとベッドまでが一体化されていたタイプですから、どこかに何かが発生したら、すべて交換となっていました。なるほどね、こうしてパーツごとにバラバラになっていると、いざ交換するときも楽になるんだろうな、って推測させてくれました。それにしても、たかが16年、されど16年って考えると、販売価格を大きくいじることなく、なんとか低価格を抑えているのって、そこに企業努力があったからなんでしょうかね。違うんでしょうか、ね。寝心地は、こうしたセパレートタイプながら、悪くはないんじゃないでしょうか、と感じさせつつ、縦方向の動きよりもどうしても横...

#1949 300万円を切ったプライスながらも、それでも、今眺めると豪華絢爛すぎた、いすゞ・ビークロス。

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 一般公開されている、いすゞプラザへと出かけたら、なんと、いきなりビークロスが飾られ、出迎えてくれました。ちなみに、いすゞプラザは、神奈川県の中央部に位置しておりまして、このビークロスにはどなたでも出会うことができます。ただし、ビークロスの向こう側は、事前に予約をしていないと入ることができません。ヒストリーであるとか、バリエーションといった紹介やら含めて、ちょっと詳しいいすゞを知りたい人は予約が必要となります。  で、このビークロスですが、あらためて眺めるに、ある種、バブル経済が為した産物なんだなぁ、と感じさせてくれるところが多々あります。なんとなく膨らんでいたバブル期だからこそ許された作品であり、そこで手にしていた技術力をこの1台に押し込みました、といった感にあふれています。たとえば、今ではボディの構造として珍しくはありませんが、ここまでボディを守るために敷き詰められたボディ下部のボディ非同色たるガード類、いすゞとしては決して珍しいことではありませんがレカロシートを2脚も搭載してしまうというスゴ技、ノーマルモデルでありながらタンクを別体としたダンパーを採用していること、そして、前後トルクスプリット技術を投入してしまっていることやら含めて、ダートランナー的に最高峰を誇れるポテンシャルを与えていました。日本での販売後に、エンジン排気量を3.2Lから3.5Lへと改装させて北米に投入しましたが、想像以上の台数の伸びは芳しくなく、経済的な意味合いもあったのでしょう、早々に販売を終了し、この乗用車スタイルからの撤退を決定しています。  それにしても、こういった硬派といいましょうか、質実剛健をもっていたモデルって、この頃を最後に次々に消えていっています。こうした豪勢とまでいえたネーミングも、ひとつ消え、ふたつ消え、と、見直す時期になったのか……、と、思いきや、一方で、ネーミング復活という手法を用いることで、まったく別モノといわんばかりのモデルを発表することもありますから……。はたして、何が正しいのでしょうかね。