投稿

#374 17インチ、19インチ、今のところは甲乙付けがたい、マツダ・CX-5。

イメージ
 さて、ようやく再試乗できました、マツダ・CX-5。今回のチェック項目は17インチの乗り味で、仕様としてはディーゼル車・2WD。さらに 19インチ(ディーゼル・4WD)との 比較もしてきました。で、結論を先に言ってしまいますとFF/4WD、17/19インチの組み合わせから、計4タイプを選べるディーゼルの中では4WD+19インチがベストかと。 #358 で書きましたけど、 19インチの2WD(ディーゼル)はバタバタ感が顔を出すシーンがあり、かなりのロングドライブ後では、心地よさとは異なる疲れを感じます。その点、重量がある分、4WDのほうがしっとり感は強まり、心地よさがあります。一方、タイヤサイズの違いは、なんていうんでしょうね、シャシーのしなやかさを強く感じ取れるのは19インチ、ただし、路面が荒れるとゴトゴト感まで顔を出すのも19インチ。では、一方の17インチはといえば、タイヤのハイト分が想像していたほど快適な乗り味には寄与しておらず、むしろコトコトとした落ち着きのなさがありました。1つのセッティングでフォローしていると考えると、この場合は19インチかなと。  では、自分で買うならどうするか。今、すぐに買わなくていいならば、随分、先のことになりますが、マイナーチェンジを待ちます。で、19インチ。なぜ、待つかといえば、やはり#373で書いた、マツダのクルマ作り込みの手法を再認識できましたし、そして、時間が経過したモデルから出てくるあの味わいのほうが自分が求める乗り味に見合っているから。ちなみに、ロードスターとRX-8に乗って感じた、ドライビングファンはどうあるべきかというコンセプトは、このCX-5にも息づいていることを感じ取りました。レイアウトを含めたハードウェアは異なりますが。今回の試乗では、それが一番の収穫だったかな。  そうそう、ハイバランスCX-5は、 #318 で述べたとおり、ガソリン(17インチのみ)であることは変わりません。ただ、買うならディーゼル。そう矛盾があります。評価と好み、同じではないのです。

#373 8年目のロードスターと、10年目で終焉を迎えたRX-8の熟成度。

イメージ
   あれはもう8年前になるのですか。現行型ロードスターの試乗会は、たしか霧深い箱根で行われたと記憶していますが、あの時の視界の悪さからくるモヤモヤ感は、実はクルマからも感じた覚えがあります。人馬一体をコンセプトに掲げたことは拍手喝采だったのですが、いかんせん、それが強く感じられなかった。エンジンやらシャシーやら、個々は優れていると感じても、バランスしていない。そんな感じを受けたのでした。で、あれから、8年、久しぶりに試乗したロードスターは、とてもバランスが取れたいいクルマになっていました。中回転域のトルクフィールは加速感を強く覚えさせるものですし、高回転域でのパワーはドライバーに刺激を与えてくれるもの。シャシーも快適性を優先しようか、という戸惑いが消え去り、操縦性と快適性をハイバランスしておりました、RSなのに。RSで、260万円(ソフトトップ)ならば買いでしょう。まぁ、気になるのは233万円のSですが、試乗していないのでなんともコメントできませんな。  一方で、生産を終了したのが、RX-8。ロータリーを子守歌代わりに育ってきた者としては、一時的とはいえ、ロータリーエンジン車の販売がなくなることは、一抹の寂しさを感じておりますが。そもそも、RX-8はしなやかな身のこなしを得意とし、そこにドライバーを高揚させてくれるロータリーエンジンをNAながらのフィーリングで組み合わせるという、過激さとは異なる世界観を作り上げておりました。つまり、最初から特に不満なく見ておりましたが、生産中止を知ってから、こうして最終型を眺めると、その整形ぶりも含めて、10年分のあれやこれやを思い起こしてしまいます。個人的にはファーストスタイルがいちばん好みですけども。ただ、肝心の乗り味は、デビュー直後のしなやかさはそのままに、19インチサイズのタイヤを上手く履きこなしていたことが、強く印象に残りました。リアタイヤが後方にあるなという感じもそのまま。と、ふと気付いたのですが、最新の国産ミニバンって、ストレッチされたとしてもホイールベースの長さを強くは感じさせないなと。これって、感じないのではなく、感じさせないようになっている、つまり、シャシーの存在感が薄れていることを意味するのではないかと。そう考えると、この少し動かしただけで分かる、RX-8のリアタイヤの存在感とは、まさに優れたシャシー性能そ

#372 広く一般相手になったがゆえに、意地をはれないAppleのジレンマ。

イメージ
 気が付けば Appleの 新製品ラッシュになってます。で、コメントをやたらと求められます。いや、仕事じゃなくって、知人たちから。買いなのか、買うのか、と、あれやこれやと。というわけで、ここで感じたことを書いておきましょうかね。  ずばり言いますと、個人的にはiPad miniは出さないほうがいいと思っていました。その理由はiPadのサイズ感はよく練られたものであり、iPad miniをラインナップに加えることで、そのよさが薄れてしまうから。個人的な見解になりますが、jobsがいた頃は、こうした頑固さ、イマドキの言葉でいうならばこだわりがあふれていたような気がします。ただ、それはマスを相手にしなくても良かった時代とは異なり、Apple製品がここまで一般化すると、そうも言っていられなかったのでしょう。そういう視点からすれば、今のTim世代にスイッチしたことは、ある意味、Appleが生き残るためには自然な流れだったのかもしれません。話がずれましたな。  iMacの筐体変更は、ハードウェア改変(光学ドライブ排除)から予測されたことですが、個人的にはHDDを残したことで中途半端さ残ってしまったように感じます。そう、あの膨らみですな。かといって、コストやら信頼性の面から、HDDを捨てることはできなかったという理由も分かりますが、そこにやはり過去に見られたApple流勢いの陰り、つまり大衆への御機嫌伺いがあるように感じました(コスト面も含めて)。そういう意味ではMac miniは好意的に見られるかな。スペック的に予測どおりで、ラインナップも、デュアルコアをボトムのみにするなど、上手く作り上げたと思います。ただ、これもまた、現在の筐体は途中で光学ドライブを外したために、その筐体を生かせていないのが難(生かせているのはダブルHDDのサーバーモデル)ですが。まぁ、設備投資を考えると、まだしばらくあの筐体は続けなければならないのでしょう 。個人的にはAppleTVサイズに収めていたら、拍手喝采だったのですけども。  あとは、なんだっけか。あ、このタイミングでの明らかな買いは、iPadですな。A6(X)の投入は来年だと思っていたので、驚いたことのひとつでした。  ちなみに、このApple話、自分に必要かどうかは、別の話。どういうスタンスで、どんなものを作り上げたのかという視点

#371 クルマ選びで大切なのは、その優劣ではなく、理解しようとするスタンス。

イメージ
 レガシィはとても不思議なクルマです。クラブレガシィにて新車インプレッションをしておきながら、こういう発言をするのもなんですが、 デザインから乗り味まで、そのライフサイクル中にbest buyとは評価することが出来ないモデルです。いや、betterとは明確に言えますし、国産モデルの中では自らのベンチマークモデルでありますが。ところがですね、そのライフサイクルが終わると、つまり旧型になると途端に評価が変わるんです。先代もそうでした。発表前にテストコースで見たスタイルに愕然とし、ヘッドランプに当時の オデッセイ的な テイストを見つけ出した時は、強い雨が降る中、愕然としたことを今でもしっかりと覚えています。そして、試乗会では、アウトバックの17インチ化によるコツコツ感に、何かが失われた気がして、取りまとめをした開発者との話が、かみ合わなかったことも覚えています。  なんて話を始めたのは、 #370 の小旅行にて先代アウトバックをロングドライブしたからでした。ちなみに、A型、走行距離は14万kmを突破したモデル、もちろんタイヤサイズを含めてノーマル、でも、サスは無交換。で、これが良かった。とても良かった。簡単にいえば、この世代のアウトバックで作り上げたかった世界観がダイレクトに表現されているからに尽きます。 6気筒エンジンを組み合わせた必要性、さらには4WDシステムにVTD-AWDを採用した理由までも。10年近く前の試乗会で感じた、あのコツコツ感はコトコト感として残っていましたが、やれたことも手伝ってかサスペンションのストローク感に味わいがありますし、6気筒エンジンには、当時の4気筒水平対向エンジンに見当たらなかった中回転域のトルク感も強くあり、それらが相まって心地よさを作り上げていました。ゆとりと素直さあるフィーリングゆえに、ドライビングが楽しい、実に愉しい。 デザインも、いまこうして眺めてみると、古さを感じることなく、アリだなと思えてきます。 もちろん、マイナス面もありますが、そんなことは語る必要はないかなと思えるほどに。  このフィーリングは、実は新型アウトバック3.6Rに引き継がれ、先に挙げたアドバンテージがさらに色濃く表現されています。最新号のクラブレガシィで現行型のベストレガシィとしてこの3.6Rをピックアップしたのは、そんな理由から。 アウトバックらし

#370 豊かな人生、そのベースにあるのは人との面と向かった触れ合い。

イメージ
  とてもいい温泉宿があるからと、お誘いを受けて 、新潟県は赤倉温泉まで出掛けてきました。最近には珍しく、ジャケットと革靴を履いての小旅行でした。そう、IKEAのブルーシートバックに適当に詰め込んでってスタイルではなくて、TUMIの旅行鞄を持っての小旅行。考えてみれば、この鞄を持ち出すのも久々だなと思いつつの支度でしたが、逆に、旅行へ行く時は、何を持っていけばいいのか忘れてしまい、困ったりもしましたが。  1泊でしたが、目にするモノ、出会うモノ、食べるモノ、すべてが新鮮。走ったことある道なのに、見たことある景色なのに、すべてが新鮮。2日間の日程で、初日は快晴、翌日は雨模様だったのですが、振り返ってみると、秋空に映える紅葉から、雨でしっとりとした雰囲気の紅葉まで見られましたから、この天候の変化もまた良かったと。 上の2枚の写真がまさにそれ。 それを言い出すと、すべてが良かったってことに落ち着くのですが、誘ってくれた方と同行した知人のおかげであることは言うまでもありませぬ。なんていうんでしょうかね、すべてをプラスに変えてしまうパワーとでもいいましょうか。あらためて、人生を愉しんでしまうスタンスの大切さを感じた次第でして。リンクしていくとでも言いましょうかね。  今回の小旅行は美食が続きました。探したのではなく、連れて行ってもらったのですが、東京へ戻ってきて、その満足感たるやすこぶる高く、なんたる贅沢な旅だったかと振り返るほど。写真3番目は、戸隠のカフェ・レストランにて。そう、戸隠なのに蕎麦屋じゃなくて、カフェ。この後、蕎麦屋も訪れていますが、まずはカフェ。社から離れた場所ではなく、かなり近くにあるカフェ。そこはこじんまりとしながら、品があり、かといって緊張感を強いられることないまさに心地よさが漂っておりました。すべてが手作りで、家庭的。この雰囲気と味に宿る品はどこから出てくるのだろうと思えば、やはり2代目というシェフ(女性)と家族、つまりですね、そこにはすべて人ありきでした。ストレートな想いから作り上げられたもので、もちろん、経験や知識も必要でしょうけど、それを生かすも殺すも人次第だなと感じた次第。これと同じことは、翌日のランチで訪れた黒姫のイタリアンなレストランでも思いました。経験という年月(年齢)も必要でしょうけど、やはり人、何よりも人、人柄。  もちろ

#369 天晴れ、脱帽、もはや表現する言葉がない、新型BMW3シリーズ。

イメージ
 あのですね、いいことは分かっていましたし、期待していました。でも、これほどまでに期待を裏切られるとは思いませんでした。あれです、BMW・3シリーズです。試乗会に出掛けてきて、ちょっとというか、強いショックを覚えてしまいました。まぁ、日本における新型3シリーズは、今年はじめに328iが導入されたと思ったら、矢継ぎ早に320i、ディーゼルの320d、アクティブハイブリッド、気付いたらツーリングまで、とラインナップを整えていました。その途切れない話題性はもちろん、ラインナップにいたるまで、よく練られた感がありますし、勢いを感じます。といっても、肝心なのはクルマの質。で、結論を言いますと、これがもはや脱帽レベル。328iがデビューした時にその片鱗は見えていましたし、基本となるポテンシャルの高さも理解していましたが、こうしてラインナップが揃ってあらためて眺めてみると、いずれも甲乙付けられるものではなく、それぞれに存在理由があり、被っていない。もはや、天晴れ。まさに、天晴れ。そうとしか言いようがありません。いや、ほんとに。  まず、今回の試乗会でまず乗ったのはスタンダードとなる320i(xDRIVE)。ターボ化は、先代まであと少しパワーがあったらなぁの不満を払拭しており、もはや不満なし、どころかさらにトルク感をみなぎらせたことで、愉しさと快適性に通じるスポーティさを大幅にアップ。これで十分、いや十二分というレベルを手に入れおりましたが、続いて試乗したディーゼルは想像どおりにそれ以上のポテンシャルを持っていました。そのフィーリング、パワー感はストレスは見当たらず、全域に渡って乗せられたトルク感は、もう脱帽、完全に脱帽。そんなにトルクいらないでしょという感のあるCX-5のディーゼルとは異なり、洗練された感があります。音、振動は 若干の雑味は 残っていますが、そんなことは完全に彼方まで吹き飛ぶレベル。とにかくピックアップ・レスポンスが適切ですし、意のままに扱える感も手伝って、これ以上、何を望むのだろうという感がありました。  ところがですね、続いて試乗したアクティブハイブリッド(エンジンは3.0Lターボ)は、HVであることを安直に表現しておらず、最新技術をもってグランドツーリング性能を新たに具現化したところにトピックがありました。これこそ、 3シリーズのラインナップには 不

#368 閉ざすのではなく、開くことで、広がっていく、出会いの数々。

イメージ
 自分らしくいないと、見つけられないモノがあるそうです。逆にいえば、自分らしくいることで、見つけられるモノがあるんだそうです。もう少しいえば、自らを閉ざすことは、人生をプラスへと導かない とも言えるのでしょうかね。 意識したことはありませんが、振り返ってみると思い当たることがあります。なんていうんでしょうね、楽しむスタンスでいると、愉しさを導いてくれると。 最近、そんなスタイルにすっかり馴染めるようになったことを意識すると同時に、勘が鋭くなったような気がしています。いいことがある、ではなく、今のこの行動、何かを引っ張り出してきてくれそうだと、そういう勘、直感。 それが、間近なのか、遠くなのか、はわかりませんが。別に具体的なモノゴトではないので、予期とか、そういうのとは少々違いますな。  と、なんかうさんくさい話をしていますが、本日の取材、出だしは良かったものの、途中、なんだかなぁが重なりまして、何もかもがしっくりと来ない。とはいいながらも、何かがある予感がしていました。新しい出会いか、発見か。 で、最後の最後、出会ったのが写真のカフェ。 そこには貸し切りな景色と、心地の良い会話があふれていまして、今日の取材のすべてがここで完結した、というよりも、このためにあったのかなと思ったほど。 事前の下調べでは見つけられなかったその場は、偶然というより、順を追って導かれたかのように訪れた場所だったのでなおさらのこと。  モノゴトを複雑に捉えるのではなく、時に勘 に頼り、直感に従い、自らを解放するかのように流されることに、おもしろさを見いだした1日でした。なんか、へんな語りになりましたな。