#1705 奥能登国際芸術祭2020+へ出掛けたら、想像以上に心が豊かになった、って話。
何かまとめ忘れているなと思ったら、先月出掛けてきた奥能登国際芸術祭2020+の話がありました。感染対策の基本すらしようとしないこの政府に対しては何も期待していないので、自分の判断で出掛けました。ワクチン2回接種はもちろんですが、毎週PCR検査していることもありましたし。ただ、きつかった。なにが、きついって、石川県民の方々は宿泊割引があるのに、県外からのお客さんには何もなかったこと。ま、そもそもこの手の補助には反対でしたが、自分たちは優遇されないというのは、不満が出てしまうものです。ただ、このイベントは何がなんでも行かねばならなかったので「フルスペック」での支払いを覚悟の上、出掛けました。奥能登へ出掛けるのは1年半以上ぶりのこと。それにしても出掛けないと、あれこれと雰囲気を忘れてしまうものです。今回は、能登までの景色を忘れていましたし、何よりも驚いたのは、現地で足繁く通ったはずのスーパーやホームセンターまでの道のりを忘れてしまっていたこと。感覚で走っていることもありますが、ちょっとしたショックでもありました。
さて、肝心な奥能登国際芸術祭2020+ですが、2020+と付いているとおり、昨年開催を予定したイベントで1年後に延期されたもの。それもあってか、出掛ける前から勢いがないなとは捉えていましたが、それでも、新作の数々に驚かしがあり、かといって、すべてが理解できるものでもなく、やっぱり出掛けてみるもんだな、とつくづく感じました。アートってそもそもよく分からないところがありますし、現代アートはなおさらによく分かりませんが、前回、自分なりに感じればいいのさ、といわれて、今回は、そんなスタンスが最初からあって、前回とは違った愉しみ方ができました。現地には6日間いたのかな。でも、初日にアート疲れしてしまって、途中、1日休んだりして、そういったのんびり感も良かった。ちなみにこの写真のアートは、前回をベースにしながら、新たな感覚をプラスしたもの。前回を知っているからこその愉しみ方があるってことを、この作品から教えてもらいました。
さて、今回初で驚かされたものに、左の写真のアートがありました。トピックになっていましたし、事前の調べで、ここには蝶がたくさんいることは知っていました。しかし、いざ飛び込んでみると、そのレイアウト、デザイン、センスがすごくて、すごい、と、言葉を連発し、自然と座布団に座って鑑賞していたりして、もはや引き込まれるということは、こういうことなんだな、といわんばかりの力がありました。散らばっているのは黒い紙を切り抜いた蝶で、もちろん、黒としたことには意味合いがありますし、その数にも驚かされます。ただ、そんなシンプルな素材であっても、表現方法によってこんなにも人を惹きつけてしまう魅力を備えることができる、ってなところに驚きました。
あとは、05年に廃線になってしまった、のと鉄道能登線の線路やプラットフォームを利用したアートも多くありましたが、開催地の珠洲市を語る時に、やはり廃線となった事実と、かつての風景へと戻って行くその回帰を表現に用いることは、理解できるところ。もちろん、アーティストによって表現は異なっています。どこのアートもそうなんですが、廃線になったからといっても、駅舎は残っていたり(半ば放置)、というか、整えられて残されていたりします。で、いずれもが、その駅前にはかつて人々の活動があったことをイメージ、いや、妄想できてしまう余韻が残っていましてね。右上の写真は、その駅前のひとつなんですが、商店だった店舗が残っていて(現在は商売はしていない……、あれ、してたっけかな)、また、広場たる駅前のスペースや公衆電話のボックスに、かつての賑わい(妄想)を重ねてみたりして、もう、それだけで愉しい。ここはアートとしても素晴らしかったんですが、個人的にはアートとは直接的に無縁(いや、そこまで想定していたのかも)なところに、愉しみを見出していました。これも、また、今回の発見のひとつ。
この廃線にまつわるあれこれとともに、やはり、市内には使わなくなってしまった公共施設、建物が多くあり、それらを使った作品も多くありました。こうした古い、いや、使用しなくなってしまった施設には、置き去りにされたというテーマがすでにあり、もう、それだけで、見る者をそれぞれに惹きつける魅力があったと、それら施設と同年代な50代のおっさんは感じました。左の写真は、かつて図書館だったところ。そこにあった蔵書は、今ではきれいな図書館へと移されましたが、この書庫にあった戸棚は置き去りにされたまま。使うあてがあって置かれているのかどうかはわかりませんけども。
そうそう、今回の紀行で、アートとともに愉しみにしていたのが、能登産のリンゴを手に入れること。ただ、名産ではなく、会場への来客を期待して、そばにある無人販売所に置かれているだけのリンゴ。今回もあるかなと出掛けてみれば、ちゃんとありました。人との再会はもちろんですが、こういう出会いもまた、愉しみのひとつ。アートとは関係ないけど、アートが導いてくれた出会いとでも言いましょうかね。ということで、リンゴは40個近くを購入して……、んで、宿(キッチン付き)ですべてジャムにして、冷凍して持ち帰ってきました。ちなみに、この時期は、通過する長野のあちこちでもそれこそ名産のリンゴを販売していまして、そこにも立ち寄って、また購入。東京へ戻ってみればリンゴだらけ、となっていました。
そういえば、今回の写真はiPhone13proで撮影しました。この機種、いやー、プロカメラマンな気分にさせてくれる、ところがすごい。広角を使うと、自分もアーティストになった気分になれます。ムービーでは、フレーム内にある被写体を、勝手に重要だと判断してフォーカスし続ける機能やら、もうあれこれと遊べます。ブレ低減機能もハイレベルでして、クルマに装着しての撮影では本来ブレブレになるはずが、景色はぶれていない。さらに、60fpsで撮影するととんでもなく滑らかに景色が過ぎ去って行きます。しかし、よくよく見ると、景色のブレはないのに、iPhoneを装着しているフレームがぶれているという、理解するに一瞬考えてしまう、という不可思議なな仕上がりで、その性能に驚きました。ま、プロが使うのもいいけど、アマチュアでも十分に遊べる、愉しさがある。ま、Appleらしい、「わかりにくい」製品だな、なんてことも感じましたっけ。
そうそう、今回の紀行で、アートとともに愉しみにしていたのが、能登産のリンゴを手に入れること。ただ、名産ではなく、会場への来客を期待して、そばにある無人販売所に置かれているだけのリンゴ。今回もあるかなと出掛けてみれば、ちゃんとありました。人との再会はもちろんですが、こういう出会いもまた、愉しみのひとつ。アートとは関係ないけど、アートが導いてくれた出会いとでも言いましょうかね。ということで、リンゴは40個近くを購入して……、んで、宿(キッチン付き)ですべてジャムにして、冷凍して持ち帰ってきました。ちなみに、この時期は、通過する長野のあちこちでもそれこそ名産のリンゴを販売していまして、そこにも立ち寄って、また購入。東京へ戻ってみればリンゴだらけ、となっていました。
そういえば、今回の写真はiPhone13proで撮影しました。この機種、いやー、プロカメラマンな気分にさせてくれる、ところがすごい。広角を使うと、自分もアーティストになった気分になれます。ムービーでは、フレーム内にある被写体を、勝手に重要だと判断してフォーカスし続ける機能やら、もうあれこれと遊べます。ブレ低減機能もハイレベルでして、クルマに装着しての撮影では本来ブレブレになるはずが、景色はぶれていない。さらに、60fpsで撮影するととんでもなく滑らかに景色が過ぎ去って行きます。しかし、よくよく見ると、景色のブレはないのに、iPhoneを装着しているフレームがぶれているという、理解するに一瞬考えてしまう、という不可思議なな仕上がりで、その性能に驚きました。ま、プロが使うのもいいけど、アマチュアでも十分に遊べる、愉しさがある。ま、Appleらしい、「わかりにくい」製品だな、なんてことも感じましたっけ。