#1709 すべてにうっとり。ルノー・カングー リミテッド ディーゼル MT。前編
クルマの評価をする際、対話性があるかないか、を重視しています。つまりは、愉しさがあるか、ないか。それはサーキットやオフロードコースといった閉じられたシーンだけではなく、それこそ発進直後の低速域から、高速走行、さらにはワインディングまで、すべてのシーンで感じられるか、そこに焦点を当てています。速いから凄いではない、愉しさですな。で、それにぴたりとハマったモデルを振り返ってみますとね、いすゞ・2世代目ビッグホーン、フォルクスワーゲン・パサートの5.5世代目、同・ゴルフ5、ジープ・グランドチェロキー、フォード・フォーカスST、同・フォーカスC-MAX、ルノー・トゥインゴ(現行型)、スズキ・ジムニーシエラ(現行型)など、新旧は関係なく、また、ジャンルも関係なくといった感があります。パワーユニットのフィールももちろん大切ですが、どこを重視かといわれたらシャシーになるのか、な。たとえば、理想を設計に落とし込めているシャシーって、走行シーンに限らず、好印象が存在します。それを理解できたのは、BMW・初代X5のMスポーツ仕立てに乗り、ダートを走った際。そうなんですね、いいサスペンションってのは、って、この場合はオンロード仕立てなんだけど、ラフロード(オフロードではない)であっても、つまりシーンが変わったとしても接地感が大きく失われることなく、そのドライビングは実に愉しいものだったりします。
さて、前置きが長くなりましたが、その愉しさがとんでもなく表現されているクルマが、今年発売されていました。そう、過去形、限定車。それが、このルノー・カングー リミテッド ディーゼル MT(以下、カングーディーゼル)で、発売は7月でしたが、用意された400台は即完売した、あのモデル。って、ほとんどの方が試乗せずに契約したんでしょうかね、でも、それ、正解だったと思います。そもそも、現行型カングーに対しては、センスあるデザイン、ゆったりとした乗り味とクッション性に富んだシートに代表される、いわゆるルノーの美点が詰まったモデルであり、ここから先の電動化・自動化を考えると、ルノーらしさがあふれている最後のモデルなんて揶揄もされていました。あ、自分にとっては高評価なモデルです。ちゃんとMTも設定していましたしね。
そんなカングーの最終モデルに、なんとディーゼルユニットを投入。ま、ほかのフランスブランドがディーゼルを搭載しているってのもあったんでしょうけども、世代差があるし、カングーにディーゼルってどうなのかなと思っていました。ただですね、これが、想像以上に良かった。まずですね、もうエクステリアデザインが最高です。ボディ非同色であることを想定していない、つまりボディ同色であることを前提としたデザイン、かつ生産性を優先したバンパーを採用しながら、その不細工テイストを逆手に採ったデザイン性(言い方次第といった感もあるが)、さらには特別仕様一覧にスチールホイールであることを謳ってしまう、その言い訳たるルノージャポンのセンス含めて、もう最高です。狙いすぎといえば、それまでなんですが、華美過ぎる昨今のクルマの仕立てに対してのアンチテーゼがもう気持ちいいのなんのって。って、もともと、カングーって、そうだった、国産モデルのそういった傾向に対するアンチ的なスタンスをアドバンテージとしており、そういった慣性をもったユーザーに受け入れられてきたモデルなので、いいのです、これで。
で、肝心な走りなんですが、これがもう最高。最高ばかり続きますが、最高だから仕方ない。といっても、ルノーを受け入れられるスタンスに入っていることが条件で、そうでないとすべての動きに違和感を覚えてしまいます。でも、スイッチを切り替えて、なんでも来いとばかりのスタンスになると、もう、あれやこれやと自分に向かって飛び込んできます。そうそう、クルマに乗る上で大切なのは、このスタンス。自らをクルマに押し付けるのではなく、クルマから読み取り、それに倣うこと。これは、東京は下町のワゴニアをメインに扱っていたショップの代表に教わったことでして、90年代後半のこと。それまでの自分は、そのモデルがきにくわなければパーツを換えればいいという荒くれ者たるスタイルだったので、これを学んだことで、そして、この仕事をしていく上で、方向転換ともいえるほどの影響を受けています。
ということで、昨今は、この切り替えを意図的にできるようになっていまして、ま、カングーに対してもドライビングスタンスを意識的にルノーに切り替えたところ……、とにかく運転しづらい。良さは垣間見られるのだけど馴染まない。具体的にいいますとね、クラッチミート領域は相当にタイトな上にかなり手前にあり、さらにはクラッチペダルが重過ぎる。しかも、低回転域のトルクがあるからと2速発進を行うと、簡単にエンストを引き起こす。ま、考えてみると、1速からの発進でエンストを起こさない(1回も起こさなかった)のは、相当にローに仕立てられた1速ギアのおかげもありますが、それだけではない、つまり、エンジンの素性だけではない、なんらかのアシストが働いているのでしょう。ただ、昨今のMTらしく、エンストしたままで待っているとエンジンを再始動してくれます。とはいっても、そもそも、その感覚になれていないのであたふたしてしまうところもありました。さらにはですね、シートポジションを理想に合わせると、ステアリングとペダルは遠過ぎる(クラッチミート位置は手前にあるのに)。完全に自分のモノにできるまでに2〜3時間はかかりましたか。ところが、そこから、先のクラッチミートからエンストからの復帰を含めて納得し、そして、その感覚に慣れるようになると、エンストまで自在に操るようになり、別次元へと誘われます。
もちろん、ディーゼルエンジンですからそれ相応の燃焼音と振動がキャビンへと伝わってきます。伝わってくるのですが、このユニットは高回転域を得意としていないこともあって、高回転域を多用しないため、それを強く感じさせることはほとんどなく、さらには遮音含めて、実に上手な仕立てがされており、これで十分というか、十二分に静かを感じさせてくれます。で、発進時はトルクが不足していようとも、ちょっとでも動き出せば、つまり過給がスタートすればもう異次元。レスポンスに何か不足を感じさせることなく、1500回転にもなれば豊かなトルクを発生させており、もう、うっとり。実用的に多用するのは2000回転あたりまでで、3000回転までひっぱることは加速時程度。しかも、そこまでのトルクがとんでもなく太い上に、扱いやすい。ワイドレシオを狙っての専用6速を組み合わせた理由も納得。この、どれかに飛び抜けたスペックを与えるのではなく、多少古いユニットであろうとも、それに見合った組み合わせを行うことで、バランスを整えるという、このスタンスにも、うっとりでした。
で、で、走り出し直後から伝わってくる、タイヤのインフォメーションと、低速域での剛性感とのバランスにも感激。もう、いちいち、すべてに感激しているといった感があります。実用車ベースのモデルらしいステアリングフィールに見合わせたロール感もすごくいい。どの速度域でどのぐらいのステアリングを切ったら、どういうロールが出てくるかがぴたりと予測できるんですが、そこには分かり辛さはなく、裏切らないといった印象があり、あー、これこそが、豊かな対話性なんだよな、と再認識しました。だから、そのロールをいちいち不安だと捉えることはなく、それはカングーに頼って大丈夫といった、信頼感まで伝えてきてくれています。ちなみに、タイヤはミシュランのエナジーセーバーで、サイズは195/65R15。そもそも、グリップ感と、乗り心地のバランスに長けているモデルですが、その長所を引きだすにしてもシャシーとの組み合わせ次第。いうまでもありません、このカングーとの相性はバツグンです。シャシーの構成要因としてタイヤまで含まれていると捉えることができる、質感の高い乗り味を提供してくれます。操縦性に優れつつ、乗り心地という快適性を引きだすに、重要な役割を果たしているという意味合いで。
ということで、書きだしたら止まらなくなってきたので、2部構成にしましょうかね。