#330 自らを合わせられるようになると、大人を愉しめるようになる、ってな話。

  よく足を運ぶ八ヶ岳北麓の小海町では、この時期に夏至祭という、夏至の到来をお祝いする祭りが開催されています(画像上)。そもそも、日照時間の限られた北欧で行われている祭りですが、小海町ではフィンランドとの交流があることも手伝って毎年開催されております。今年で11回目か。ただ、本当の夏至時期ですと日本では梅雨に当たるため、少々早い時期の開催となっています。と、夏至祭の説明終わり。
 もちろん、今年も出掛けてきましたが、夕暮れ時からスタートするこの祭りは、ローカル色豊かなイベントやら、出店など、ある種のいい加減さ、いやいや、その緩さ加減がたまらなくいい。何もすることなくどっかりと座って、あれやこれやと人やらイベントやらを眺めつつ、時に会話していることが愉しい。素にされてしまうとは少々違う、なんていうんでしょうか、やっぱいい、これでいいを強く感じさせてくれるお祭りだったりします。って、これは個人的な想い。
 今年は、知人2名を誘いましたが、ふたりとも初対面にも関わらず、ともに黄色いオープンカー乗り。ちなみに、体がデカイという共通項もありましたが、それはさておき、彼らに共通するのは、自分流のクルマを見つけ、そしてクルマととっても良い関係を築いていること。何ていうんでしょうかね、彼らは、決して最期のクルマと捉えているわけでもなく、つまり、上がりのクルマとしているわけでもなく、だからといって手放すことを今は考えているわけでもありません。まぁ、それもそのはず、自分に合うクルマを探し当てた上で、自分をクルマに合わせ、それを愉しんでいるから、手放せないその理由はとてもよく理解できます。そう、これこそが大人流の愉しみ方なのかもしれません。って、周囲を見渡してみると、そういう人だらけですが。
 その誘った友人たちは、この夏至祭に大満足の様子でしたので、祭にあふれていたあの緩い雰囲気は、彼ら大人流の愉しみ方とどこかリンクしていたのでしょう。で、ふと考えると、こうした大人を愉しめるイベントやらクルマは数少ない。しかし、数少ないからこそ、何かを探し出す愉しみがあるわけで、それもまた大人の愉しみ方なのかもしれません。
 話が逸れてきた。えっと、なんでしたっけ。あ、かなり久しぶりに乗った306カブリオレは、大人が愉しめる緩さだらけでした。サスのストローク感とシートのクッションフィールまで摺り合わせた乗り味と、最終的には粘るシャシーセッティングは、もはや、脱帽もの。いやはや、いやはや。もちろん、そこにはあれやこれやと、今とはズレが存在していますが、そのバランス(完成度)は、あの時代だから作り上げられたものなのだなとも感じました。そんなクルマだからこそ、そこに自分を押しつけることなく、愉しめるスタンスがなければ、乗り続けることはできません。そして、今、306カブリオレを愉しんでいるオーナーたちが、とてもスマートに見えるのです。いや、細いって意味じゃなくって。
 どういう結論にするつもりだっけかな。えっと、あの、そうそう。今回、そんな大人を強く感じ、愉しめたのは、夏至祭あってのこと。そして、個人的には、祭りの会場において予想外に多くの人に挨拶している自分にちょっとしたショック(うれしさ)を受けました。ここに、これだけの知り合い(挨拶レベルであっても)がいるのかって、客観的に。居場所が出来たとまでは、言いませんけども。
 あ、そういえば、うちのグランドチェロキーは走行距離20万kmを突破しました。買い換えるつもりはありません。もちろん、買い足しも。その理由は、金銭的なことも含めて。

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