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#1770 スヌーピーの文字盤を表示させるために、iPhoneまで世代交代させねばならなかった、話。

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 母親のスマートフォンを入れ替えてきました。なんと、iPhone14proに。いまのところ、最高峰のiPhoneであり、高齢者がそれをどこまで使いこなせるのだ? やら、あれこれありますが、ま、あれこれあって、スイッチさせてきました。もちろん、彼女の使い方を考えると現状使っているiPhone8Plusで不自由はありませんでした。しかし、このままでは、次期iOSへのアップデートができなくなり、所有しているApplewatchの次期watchOSはインストールできるのに、iPhone側が非対応となり、新OSのウリとであるスヌーピーの文字盤を表示できません。つまりですね、watchOSを最新にするためには、iPhoneもそれに対応できるモデルへと切り替えておかねばならない、そんな流れから、iPhoneを入れ替えてきたのでした。実際、次期watchOSが使えるモデルと考えると、SE3で十分だったりもするのですが、彼女の最優先は画面サイズ。そうなんですね、最低でも、これまでのiPhone8Plusが面サイズに匹敵する、現行のFaceID採用モデルの標準サイズが最低条件。でもね、これが高いんですよ、円安で、今。旧機種な13シリーズなんて、日本ではなんと10万7800円(Applestore)から。ありえない、ありえない、ありえない。って、ちなみに、本国では$699ですから、ますます、ありえない。  ということで新機種購入はハードルが高くてあきらめ半分だったのですが、ふと気付けば、自分の手元にiPhone14proがあったことを思い出しました。これ、発売日に購入したもののサイズがどうしても自分好みではなく、ほっとんど使わぬままに約1年が経過してしまった端末。その購入価格は14万8000円でしたが、来月には新機種が出るタイミングですから、今、手放したところで、12万円になれば御の字。いや、レンズユニットの横に傷がありましたから、もっと低い価格になるか。そう考えると、このiPhone14proを手放すよりも、母親に使ってもらうのがいちばんいいのかな、という考えに至りました。ま、今、冷静に考えると、次期iOS17は、XRもしくはSE2以降で対応でしたので、XRあたりの中古という割り切りをしてもよかったな、とも、思えるのですが。ま、すぐに買い替えになりますしね。  いまのところ初めとなる

#1769 日本自動車研究者 ジャーナリスト会議(RJC)へと戻った話をそろそろ書きましょうかね。

 2020年に、所属していた日本自動車研究者 ジャーナリスト会議、略称RJCを退会しました。フリーランスになった2001年(ごろ)に入会しましたから、約20年お世話になった団体でした。振り返ってみますと、モータージャーナリストの大御所からあれこれと教えてもらったことはもちろんですが、業界に関わっているいろいろな人たちとの出会いもありましたし、それこそ、そうかー、一見派手に見える舞台の裏側はこうなっているのか、と、あれこれを知ることもできました。自分の性格のままに、後先を考えることなく、フリーランスを続けていたら、今の自分はありませんから、そういった意味でも、RJCに対しては、感謝が多く残っています。  では、なんで辞めたのか、って話になるのですが、端的に言いますとね、いくら、自分のような大したことない者であっても、そこに、長年留まっていると、狎れ(なれ)が出てきてしまうものでして。そして、それは、言葉では理解していても、実際に、その場を離れてみないと、わからないことだったりもします。慣れではなくって、狎れ。ま、これは瀬戸内寂聴さんが言葉にしていたのですが、実際に、離れてみれば、自身が当たり前になってしまっていて勘違いしていたことをたくさん発見。そして、離れている間に、会として、このままじゃまずいんじゃないの? と思うこともたくさん見つけました。  で、今回、戻ったわけですが、その理由はあれこれとあります。先に記した、先輩からの恩を、会へと返さねばという想いも強くありました。そして、退会してから時間が経過しているのに、会の外側から、第一次投票の結果、どうなりましたー、と、こちらに電話があったり、そのほかにも、こまめに気を遣ってくださる方がいたりと、それらもまたきっかけとなっています。まぁ、長年の在籍によっていつしか小間使い的な「顔」になっていたがゆえのことであり、これもまたありがたいことだ、と、捉えられた、とでも言いましょうかね。  自らに対しては、執筆や動画で吉田を紹介する際に、そういった肩書きがあるかないかは大きいと、言われましたこともありました。肩書きの有無で自らが評価されるだなんてまっぴらごめんだ、と思っていましたが、最近では、あー、世間ってのは、そういうものなのか、だったら、ないよりはあったほうがいいよね、と、受け取れるようになっていましたし。  ということ