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#269 食を豊かにすることで、人生は愉しくできるってことを思い出したって話。

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 猟師になったワカモノが書いたという本を薦められ、読みました、八ヶ岳で。まったく素人な方が猟師になったというのですが、そもそもの、本人のバイタリティーと言いましょうか、アクティブさと言いましょうか、凄いなぁのひと言に尽きました。人やらライフスタイルやら、いろんなことってのは、 自らで活動することで 繋がって、広がっていくことを、改めて認識した次第ですが、待っていては何も変わらないとも言えましょうか。自分に重ねつつ、一昨年、去年のここを読み返してみたら、そういう意味では、今年の八ヶ岳ライフな、積極性が欠けていたように思えます。反省。  猟師になろうとは思いませんが、毎日を楽しむかのように自然に馴染んで生きていくというスタイルは、今も昔も、とても憧れがあります。そのひとつが、野菜作りでしょうかね。初めの頃は、やっぱり自分で作った野菜は美味しいと喜ぶものなんですが、そりゃそうです、新鮮であることがいちばんですから、それだけで味は違います。でも、小学生の頃から家庭菜園してあれやこれやと作ってた身からすると、プロが作った野菜に敵うものはないという結論にたどり着いております、最近。  そう感じさせてくれたのは、八ヶ岳で出会った「小海ゆうきちゃん倶楽部」でした。彼らが作り上げる野菜は、 有機農法をベースにしながらも、野菜が 本来の持っている可能性やら力を存分に発揮できるように仕立てつつ、そして、時に意図的に導くという、まさにマジック的な方法を用いることで、 今まで知らなかった、体験したことがなかった力強い味わいがあります。それは、まさしく作品とも言えようかと思えるほどで、初めて食した時にはかなりの ショックを受けたことを今でも覚えています。言い方は悪いんですが、いわゆる広く一般の有機栽培を謳って売られている野菜たちとは違いまして、端的に言いますと、「何これ?」と言葉にしてしまうほどのもの。そして、ここの野菜を口にした人々は、皆、 東京のスーパーでは野菜は買えなくなったと口にします。  というわけで、すっかり、そんな 野菜たちに慣れてしまっている身になっていましたが、今回、 「小海ゆうきちゃん倶楽部」で 購入したルバーブは、 さらなるオドロキがありました。ルバーブそのものは、八ヶ岳でよく行くスーパーで売られているので、買ってきてはジャムにしておりまして、それでも十分に美味...

#268 auからiPhoneが出たら、古巣に戻るのか、それともこのままで行くか、って話。

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Softbankでは、62/144分はWホワイト換算として、 通話料にWホワイト分の基本料(980円)をプラス。 auの毎月割分は推測で、機種代が同じという前提から 計算してみました。個人的な推測ではありますけど、 auがこのままだとは思えませんので、トータル金額は 大きく変わってくると思われます。          auからiPhoneがリリースされるという噂、事実なのかは疑わしいところもありますけど、月々の支払い額について、その傾向を掴むべくおおざっぱながらも 計算してみました(右の表)。auが有利に見えますけどね、細かくみていくと、そうとも言えないんですな、これが。  まず、両者の料金体系はそれぞれにデメリットとメリットを掴んでおきましょうかね。Softbankはパケット代が4410円と割安なものの、通話料は従量制を採用していますが、auはパケット代は5460円とソフトバンク比1050円高であるものの、基本使用料に 通話料を 含めてお得感を出しています。これらによって 相殺されて、右表では通話するならauのほうがいいじゃんって、結果になっています。  ところがですね、実際に販売されるまで分からない点がいくつかありまして、参考値を使っていますので、その値によっては、逆転も十分に考えられます。具体的には、 auの毎月割をauで平均的として使用している2000円と設定し、本体価格を同額としています。まぁ、auでは,アンドロイドやらをあれだけ展開していますから、 iPhoneを 特別(割高)扱いにすると予測されます。つまり、毎月割が少なくなったり、本体価格がSoftbankのように差し引き0円にはならないと、個人的には見ております。 そうなると、本体価格を含めたトータル金額はauのほうが高くなり、その分、Softbankはリーズナブル感という強みが生まれるのではないかと。こうなってしまうと、auのアドバンテージとしては、通話料を含めたトータル金額を訴えつつも、Softbank以上のサービス網にあるんでしょうけども、それだけで価格差を埋められるかは、また個々の考え方(使い方)次第かなと。そう、どっちもどっちではないかと、思っております。  さて、自分がどちらを選ぶかですが、Softbankの前にauを利用していた者として、サービス網についてはあ...

#267 八ヶ岳ライフ、来年はないかもしれないので、今年のうちに、ってお誘い。

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 今朝の八ヶ岳はとても冷え込みまして、明け方の気温は一桁台に突入したようです。画像は今日の昼間のものですが、爽快な青空とぽかぽかと浮かぶ雲、そして強い緑が残っている山々からは、まだまだ 夏を感じるかと思います。しかし、 太陽が顔を出してくると暖かさがあるものの、 肌に当たる風にはまさに芯のある冷たさがありまして、ああ、夏は終わったんだなと感じさせてくれます。そこには、寂しさもあります。木々によっては赤く色付きはじめているモノものありますが、紅葉を愉しめるまでにはまだ少しの猶予がありそうですが。  振り返るにはまだ早い時期ですが、今年はなんだかんだとありました。具体的なことはおいといて、とどのつまり、それはこの先がこのままとは限らないって、ひと言に集約できるでしょうか。先延ばししないことを心掛けなければと思う次第。  というわけで、八ヶ岳においでくださいませ。ここにいるといるだけで、食やら人やらを伝わって、愉しさがあふれ出してきます。来年こそ行きますではなく、今年に是非。来年はないかもしれません。今年で八ヶ岳ライフにひと区切りつけようかと思っておりますので。

#266 物理的に単純であっても、混乱をもたらすものはシンプルではない、って話。

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 高速道路のSAやらPAやらに置かれているETCの利用証明書プリンター(画像)を、初めて利用ました。その存在は知っていましたが、自宅でweb経由で出力できますから、このプリンターを使う必要がありませんでした。って、ほとんどの人がそうだと思いますが。で、そもそも、何故使うことになったかですが、ETCゲート通過時にナンバー読み取りが上手くいっていなかったためでしょうか、web上で幾度となく,時間をおいて入力しても、利用経歴なしと出てしまうものがありまして。ETCゲートが開かなかったというトラブルは数回経験していますが、この履歴がないというのは初めてのことでした。  肝心のプリンター利用体験記ですな。まず、どこにあるのかが分かりませんでした。事前に調べて、そのSAにあることは確認していたのですが、SAの中のどこにあるかが不明。使わない時は目にしたりするもんですが、いざ使おうと思ったら、これが見当たらないものでして。結局、SAの建物内に入るセンター入り口にありました。SAの中では一等地ですな。でも、存在が地味すぎて、一度通り過ぎてしまっていましたから、置き方やらその存在アピールに改善の余地有り……、でも、利用頻度が低いだけに仕方ないのでしょうかね。  で、操作方法ですな。ETCカードを入れて、走行履歴を選んで、そしてプリントという単純な操作なんですが、これがどうしようもなく時代錯誤。機器との対話ツールは、4つのスイッチ、20文字に満たない1ラインで行うのですが、各走行履歴は日時の下にぶらさがっているという階層構造から選ぶこともあって、そのUIは使いづらいのひとことでした。まさに25年ぐらい前のポケットコンピュータってレベル。まず、そのプログラムがどういうフローチャートのもとに作られていて、表示されている内容を理解し、で、使うといえば、分かりやすいでしょうか。  もちろん、操作方法は目の前に細かく書かれていたものが掲示されているですが、こういうものの例に倣って、細かすぎて読む気がしないもの。この手のものに慣れていない人にとっては、困難を極める機器ですな。というか、自宅でPCを使っていない人が多く利用するものですから、もっとシンプル、いやいや分かりやすくしないと。そう、分かりやすく。  これ、一見するとシンプルなんです。スイッチも少ないですから。でも、使いやすいって...

#265 出会えないのも、出会えるのも、そのすべては時機であるか、どうか。

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 本日の長野県内も、当初、天気は良くないと予報されていましたが、一変して、快晴の秋晴れを飛び越えて、夏のような陽気でした。そんな連休の1日、なんとなくで目的地を設定してちょいとクルマで走り回ってきました。走行距離は320km。ちなみに下道のみ。  最初の目的地は、約7年前に辰巳出版刊・プジョースタイルの取材で訪れた山の中の僻地。カメラマンさんの案内で訪れた場所だったこともあり、正確な場所はうるおぼえでしたが、まぁ、そうそう間違えるわけもないと、おおよその場所を推定して出掛けてみれば、そこは全く違う場所。あちこち走って、探せども、見当たらず。雲隠れしたかのよう。たぶん、今は、行かないほうがいい、行く時機ではないということなのでしょう。  こうした雲隠れといいますか、場所であれ、モノであれ、見つからなくなることは多々あります。でも、それは、時機じゃないからと思うようにしています。自分の成長が足りないとか、受け取れないとか、まぁ、いろいろと。その逆で、意図していないのに、繋がったり、見つかったり、出会ったりすることもあります。これも、また、時機なのかなと思ったりしておりますが。  なので、なんていうんでしょうね、適当にしがみつきつつ、流されるかのような、たゆとう人生とでもいいましょうか、そんなスタンスを心掛けようかなと。それを、今日のドライブで確信しました。  画像は、本日、後半に訪れた姨捨山(おばすてやま)から見た長野市内。そう、あの姥捨て山の話に出てくる地。秋を感じさせるすこーんと抜けた空(遠くには入道雲もあったけど)と、稲穂が垂れてまさに実りの時期を楽しませてくれる棚田も相まって、そこにはとっても心地よい秋の景観が広がっておりました。

#264 じんわりと後から響いてくるんじゃないかと思う、最近の作品たち。

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 原稿書きとは、納品まで時間があればあっただけ悩んでしまうものです。というわけで、先ほど、オオモノ原稿を納品しましたが、これでいいんだろうかがずっと付きまとっています。頭から書き直すこと幾度となく、最終的に納品したものは、最初に書いた文章の面影など全くなくなってしまいました。でも、これからも悩んだところで、いいものになるかといえば、それは違うような気がしてきたので、この原稿がちょうどいい頃合いだろうと、ここで納品することに。まぁ、少し時間をおいてから読み返したら、どう感じるかがキーかなと思いますが、いいじゃんなかなかと感じるだろうと予感しています。  そういう意味では、最近、書き終わった瞬間に、超大作だと自分で感じることが少なくなりました。それは、実際に超大作であるかではなくて、たぶん、自分自身のスタンスやらモチベーションにあるのかなと感じたりもしています。なんていうんでしょうかね、落ち着いてきたとも言えるのかなと。  そうそう、今回の原稿を最終的にまとめる前に、気分転換とばかりに、近所の大きな公園まで自転車で久しぶりに出掛けてきました。日射しは強いものの、強烈ではなく、気温は高いものの、灼熱感は消え去っていました。秋なんですなぁ、秋。そういえば、今年は東京モーターショーがあります。秋は忙しくなりそうな気配。で、ちょっと間が空いてしまいましたが、連休から八ヶ岳三昧なライフスタイルを再開します。秋もいいんです、八ヶ岳は。是非、おいでください。

#263 クルマとしての買い得感は、今も昔も変わっていないVW・パサート。

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 忙しさにかまけて放置しておりました、ここ。その間、いろいろとあれこれと取材やら打ち合わせへと出掛けてはおりましたが、そこからは、何か溢れ出てくるものがなかったためか、ここの更新も疎かになったのではないかと思われます。いや、まだ書けないことが多いってだけのような気もしていますが。  そんな中、デビューしたばかりのパサートヴァリアントを借り出して、神奈川県は秦野市を訪れるというドライブ取材がありました。どこでもご自由にという編集部の方針ゆえに、まさに気ままに取材させてもらえるという、なんとも幸せな仕事。ただ、目的地は日帰りできることという条件もあって、実は最近ネタが尽きつつあります。で、今回は、考えあぐねたすえに、秦野を選びました。神奈川県の秦野市。あれです、東名高速道路の秦野中井ICの秦野。そもそも、この企画では、いわゆるドライブ記事になりにくいような、隠れ家的スポットやらローカルな場所ばかりを選んで訪れておりまして、秦野もその流れですな。といっても、適当というわけではなく、ちゃんと考えてのこと。実はこの秦野って地は、個人的に馴染みがあるところでして、親戚や友人が住んでいたり、丹沢へ夜な夜なドライブへ出掛けたりした場所。その下地ありきで深く調べてみると、知っているつもりが知らなかったスポットやらが出てくるもので、さらに当日に意外なスポットを発見するなど、充実したドライブ紹介記事へとつながるものだったりもします。   えっと、肝心のパサートですが、新型といいつつ、旧型からのキャリーオーバー+大改良という、いわゆる超・ビッグマイナーチェンジゆえに、いいところ、悪いところの両面が見え隠れしています。例のコンフォート感はスポーティさを残したまんまに、さらに極められ、まさに価格帯以上の味付けとなっておりますが、その質感を表現するに必要なボディ剛性に不足を感じたりもするのも事実。ほかが際立った分、目立ってきてしまったのでしょうかね。いずれにしても、脱帽! な面が多いモデルで、個人的には買いのモデルと捉えています。  で、在庫がなくなるほどに売れているそうです。しかも、これまでのVWユーザーじゃない人々が押し寄せているとか。まぁ、わからんでもないですな、全ての面で買い得なモデルですから。でも、考えてみると、パサートの最大のアドバンテージである、この買い得感って、今も昔も変わっ...

#262 あっという間に過ぎ去っていった夏、そして、逃れることができない原稿。

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 気が付いたら、8月が終わろうとしています。お盆休み以降の不安定な天気も手伝ってか、すでに夏は過ぎ去ってしまったかのようにすら感じています。もちろん、八ヶ岳も、夏空は消え去り、くずくずした天気が続いていました。そもそも、あちらにいますと、皆もよく口にしますが、お盆を過ぎるとあっという間に夏から秋へと変わっていくと。なんていうんでしょうかね、空気感ががらりと変わるんですな。景色には夏がたくさん残っていたとしても。  上の写真は、8月15日の空。青空が広がっていましたが、どことなく秋が感じられるのは、空がやたらと抜けて高く感じたためでしょうか。でも、こうしてみれば、雲にもなんとなく秋の気配が見られるような気がします。  個人的に、八ヶ岳にいて、夏が終わったと感じさせるのは、灯籠流しとともに行われる湖上の花火大会でしょうか。周囲約2kmというこじんまりとした湖にて行われるのですが、花火については、近くで見られる、全体を見渡せる、そして場所取りなど必要のない、そんな緩さがとっても心地よいものだったりします。個人的には隅田川の花火大会よりも好きですな。と言いながらも、それなりの内容。下にムービーとしてアップしておきましたが、湖面ギリギリで展開される花火(ムービー内、下半分は湖面に写った花火)はダイナミックさはもちろん、夏の最後って雰囲気も重なって、 ちょっとした興奮を覚えます。  というわけで、自分の中で、今年の夏は過ぎ去りました。さて、これから秋に向けて野菜がさらに味を深める季節となります。そういう意味からすると、楽しみはまだまだ。 ただ、とっても重いことがのしかかってまして。8月中締め切りの大量の原稿書きがあるのですよ。これ、いままでに体験したことのないほどのプレッシャーと文字量/時間でして、いつもなら何とかなるだろうと、実はどこかで思っていたりするのですが、今回はそんな考えは全くなく。そうなると、おもしろいもので、その原稿において、執筆内容はもちろん、スケジュールまでも、すべてについて考えることを遮断してしまうんですね。こんな感覚はフリーになってから初めてかも。逃げ出すんでしょうか。そういう意味では、一体自分がどういう行動をするのか、 客観的に見て、 楽しかったりするんですが。いやはや、冗談になっていません。

#261 都会を基準としたスローライフって、実はたんなるナチュラルライフって、話。

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 八ヶ岳にいる時ってのは、ぼけっとしたり、あたふたとしていたり、いろんな意味で忙しかったりします。八ヶ岳にいることをスローライフだね、と言われますけど、実は忙しさという意味合いからすれば、実はスローじゃなかったりします。  今宵は、別荘内で行われているクラシックなコンサート(これが無料)に足を運ぶ予定が、なんとウトウトとしてしまって、気付いた時には間に合わず。で、外を見れば満月にほど近い月が目に入ったので、月明かりに照らされた八ヶ岳を見に行くことにしました。 八ヶ岳は、人気(ひとけ)を感じられるものが周囲に少ないこと、なだらかな斜面に牧草地やら畑が広がっていることも手伝って、夜の景色がとてもいいのです。シーンと静まりかえった畑の中で、月に浮かぶ八ヶ岳を見ながら、カーオーディオから音楽を流しつつ、その場に突っ立っていると、つまらんことやら、ひっかかっていたことが、さらっと流れていったりします。これって特別なことのようですが、ただ、ぼけっとしているという意味合いからすれば、特別感はないんです。  でも、こういうスタイルやら感覚をスローというんでしょうか。いや、どこか違うと思います。一般的なスローライフってのは、時間の流れやら雰囲気を、 都会ライフを基準にして 比較したものではないかと。ゆえにですね、その都会ライフ=絶対的基準というニュアンス漂うスローライフという言葉は、どうにも好きになれません。実際、忙しくって、スローじゃないんですから。  画像は、今宵の八ヶ岳。いろいろと撮影したんですが、簡単に補正してみたら、空は青く、牧草は緑となり、昼間に撮影したかのよう。たんなるアンダーな写真かと思ったら、ちゃんと色がのっているんですね。いやはや、 おそるべし、最近のコンパクトデジタルカメラ。

#260 あったほうがいいけど、ないことにもメリットがあるって、テンキーな話。

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 母親用MacMiniを、昨日、セッティングしてきました。まぁ、HDDが5400rpmであること以外は、ストレスフリーでして、我が家もMacMiniでよいかなと思えてきました。新旧どちらにするかは迷うところですが。  で、実家ですが、MacMiniですからキーボードとスピーカーとカメラを新たに用意して、いざ配置してみると、 写真には見えないところにあれやこれやありまして、画像のような モニタのセンターよりも左側に座るというポジションとなりました。美しくない。ところが、それよりも気になったのは、純正テンキー付きキーボードの幅が意外にあったもんで、 マウスが果てに追いやられてしまったことでした。 と、ここでテンキー付きキーボードのマイナスポイントに気付き、同時に Appleが標準キーボードをテンキーレスにした理由も見えてきました。  人とキーボードの位置関係ってあまり気にしたことないと思いますが、腕を真っ直ぐにできるポジションをとろうとすると、キーボードの文字パートがセンター(GやHがセンター)になるものです。そして、その分、テンキー部は、体のセンターよりも右へはみ出すかのような位置になると。つまりですね、モニタとキーボード、さらには座り位置までシンメトリーにしたいと思ったらば、テンキーは邪魔となってしまうのです。テンキーがないことの不都合は重々承知ですが、ないことによって腕やら体をひねらずに済むと思えば、それはプラスになるのかなと。 画像真ん中はAppleのiMacの商品写真のひとつですが、まさに先の理想なスタイルですな。テンキー付きキーボードでは、マウスの位置はこうはいきませんから。  いわゆる「パソコンデスク」の商品写真で、iMacが使われているものを見かけますが、あれらが美しくないのは、やはりテンキー付きキーボードを使っているから。 テンキー付きゆえに、iMacの幅内にマウスを入れて撮影しようとすると、キーボードが極端に右端へと追いやられてしまうんですな。  たかが、キーボード、されど、キーボード。奥深いもんです。 ちなみに画像いちばん下は我が家。手前にスペースがあるので、テンキー手前にマウスを置いていますが、手の移動量が多いのがネック。そう考えると、ノートパソコンは理想なスタイルを実現しているもかもしれません。モニタ、キーボード、トラックバッド、そして...